立法プロセスの概要

立法プロセスの概要

アメリカの立法プロセスは、立法府だけでなく行政府も関与する仕組みで、日本より複雑である。ここでは、アメリカ連邦政府の立法プロセスの概要を解説していく。なお、州レベルでも立法プロセスは概ね同じなので、州については、原則として、(別途解説がない限り)この解説の「大統領」を「知事」と読み替えて差し支えない。

一般的な立法化の流れは?

下院先議の場合の流れは概ね以下の通りだが、予算案以外は上院が先議することも可能である。

  1. 下院で審議し、可決されれば、法案を上院へ送付
  2. 上院で審議し、
    • 修正なしに可決されれば、大統領へ送付
    • 修正した上で可決されれば、両院協議会へ送付
    • 可決されなければ、廃案
  3. 両院協議会で協議し、
    • 合意に至り、合意案が両院で可決されれば、大統領へ送付
    • 合意に至ったものの、合意案が両院で可決されなければ、廃案
    • 合意に至らなければ、廃案
  4. 大統領が議会から送付されてきた法案を10日以内に、
    • 署名(承認)すれば、成立
    • 拒否権を行使すれば、議会へ差し戻し
    • 何もせず、議会が休会中でなければ、成立
    • 何もせず、議会が休会中であれば、廃案
  5. 下院と上院で大統領から差し戻された法案を再審議し、
    • 両院で2/3で可決されれば、成立
    • 両院で2/3で可決されなければ、廃案

なお、州の立法プロセスにおいては、知事が拒否権を行使した場合法案を成立させるための閾値が異なる場合がある。大半の州では連邦議会と同様の2/3であるが、より低い3/5や過半数でもよい州がある。

下院での審議と表決はどのように進むの?

下院では、過半数の賛成で法案は可決される。

原則として、審議には時間的な制限が設けられており、修正案の提示も厳しく管理されるので、審議が行き詰まることはあまりない。

上院での審議と表決はどのように進むの?

上院では、全会一致合意が原則となっており、どの議員でも審議を停滞させることができる(フィリバスター)ので、審議が行き詰まりやすい。

フィリバスターを終了させるためには60人の上院議員の賛成が必要となるが、上院の選挙の仕組み上、1つの政党が60議席以上を有していることは稀である。したがって、上院では、議員1人1人の賛成を得るために法案に修正を重ねて行くことがよくある。

もちろん、下院と上院の間で「ねじれ」が起こっており、幹部にそもそも法案を通過させる意思がないと、法案は廃案となる。

両院協議会って何?

上院で法案が修正されると、下院に法案の修正版に賛成してもらう必要があるが、お互い修正を繰り返すなど平行線を辿ると、下院と上院の代表者で構成する両院協議会(Conference Committee)が開催され、相違点を埋めようとする。

両院協議会で合意に至れば、合意案が両院で表決され、可決か否決される。この場合、法案に対する更なる修正は認められない。(永遠と修正が続いてしまうため)

両院協議会で合意に至らなければ、法案は廃案となる。

大統領の署名(承認)・拒否はどのように行われるの?

両院を通過した法案について、大統領には、(日曜日を除く)10日以内に署名(承認)するか、拒否権を行使するか、何もしないかの判断が求められる。(州の立法プロセスにおいては、知事による判断が求められる期間が州ごとに異なる)

大統領が10日以内に署名すれば、法案は成立する。

大統領が10日以内に拒否権を行使する場合、拒否した理由を付して、法案が先議された議院に戻す。

大統領が10日以内に何もしない(署名も拒否権の行使も行わない)と、議会が休会していない限り、法案は成立する。

大統領が10日以内に何もせず、議会が休会していると、大統領は法案を議院に戻せないので、廃案となる。

なお、大統領は法案すべてに対して承認か拒否をする必要があり、部分的に承認・拒否することはできない。これは州の立法プロセスと異なり、一部の州の知事は法案の一部分のみ拒否する権限を与えられている。

両議院による再表決はどのように進むの?

大統領が拒否権を行使して議会に戻ってきた法案は、両議院による2/3の決議で大統領の拒否権を覆すことができる。法案は修正されてはならない。

どちらかの議院で2/3で可決されなければ、法案は廃案となる。

アメリカの立法プロセス上、法案の成立は相当難しいのでは?

確かに、法案に対しては、下院、上院、大統領のそれぞれの賛同が必要で、どこも優越権を持たず、さらに上院では1人の議員が審議を止められるので、「ねじれ」が起こりやすい。よって、予算さえも成立させにくく、政府閉鎖のようなことが頻繁に起こる。

少なくとも、法案が議会を通過して大統領が承認すれば、法律は施行されるの?

アメリカの裁判所は違憲審査権(法律が憲法に違反するため無効であると判断する権利)を頻繁に行使するので、そうともいえない。

特に近年の連邦最高裁判所連邦制の概念を尊重する傾向にあり、連邦議会が成立させた法律について、アメリカ連邦憲法上、そもそも連邦議会に立法権がないという判決を度々下している。

アメリカでは多くの法律が訴訟の対象になるので、法律の成立・施行には、立法府と行政府に加えて司法府の承認も得る必要があるといえる。

大統領命令は法律とどう違うの?

法律の成立・施行には多くの手間と長い時間がかかるので、20世紀以降の大統領は法的拘束力がある大統領命令(executive order)を頻繁に発布するようになってきている。

大統領命令は議会を通っていないため有効性について疑義が残るほか、将来の大統領の裁量で覆せるので、法律と同じ効果があるとは言い難い。

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3件のコメント

  1. 米英ともに判例主義であるがイギリスには憲法がないと伺ってます。イギリスの方がアメリカより立法における司法の力が強いと考えていいのでしょうか?あと米英の上述観点での良い点、悪い点を簡単に教えていただきたいです。

    忖度
    1. コメント、ありがとうございます。

      イギリスには、アメリカ(や日本)のように明文化された憲法が存在しないことは事実です。イギリスでは、マグナカルタといった過去から積み上げてきた重要な法律が”憲法”の代わりとなっています。明文化されている憲法がある国では憲法が最優先され立法府も憲法の制約の下にありますが、法律自体が”憲法”となるイギリスでは、立法府が最も優先されると考えられます。もちろん司法府による判断も重要ですが、理論上は法律を改正すればその判断を覆すことができるという点では、明文化されている憲法の国家とは状況が異なります。

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