アメリカ連邦憲法の条文や憲法関連の判例を解説しても切りがないので、ここではアメリカ連邦憲法の特徴を解説していく。なお、連邦制のアメリカでは、各州においても州憲法が策定されていることに留意が必要である。
主な特徴としてどういったものが挙げられるの?
- 歴史が深い〜アメリカの歴史は浅いと思われがちだが、憲法には240年の歴史がある
- 憲法は不完全〜「自由」を謳いながら奴隷制度を容認するなど、憲法には矛盾が孕んでいる
- 憲法はアメリカの国民性そのもの〜憲法の概念はアメリカ一般国民に浸透している
- 統治の仕組みに重点が置かれている〜憲法上、三権分立や連邦制といった仕組みを通して基本的人権を保護するという考えがある
- 「誰が決めるか」が論点〜議会、大統領、裁判所のうちどの機関が、連邦政府と州政府のうちどちらの政府が判断権限を有するのかが憲法に関する議論の争点となる
- 憲法改正は加憲により実現〜憲法は抽象的な条項を過大解釈することで本質的に修正されてきた
以下、一つずつ解説していくが、いずれの特徴も、連邦最高裁が政治的に極めて重要な立場にあることを意味する。
憲法の歴史が深いとは、どういうこと?
アメリカ連邦憲法が批准されたのは1788年。日本では、第11代将軍徳川家斉の時代であり、灯りは電気ではなくろうそく、移動は電車・自動車・飛行機ではなく馬車、連絡は電話ではなく手紙、リサーチはグーグルではなく活字に頼っていた頃である。
それ以降、産業革命、女性の参政権、人権の拡大等を経て世界の情勢や世間の常識は大きく変化してきた。この時代の変化を、アメリカ連邦憲法は主に憲法改正ではなく解釈論で乗り越えてきた。たとえば、憲法は大統領が陸軍および海軍の最高司令官であると定めているが、現代では当然のこととして大統領は空軍の最高司令官でもあると見做されている。
憲法解釈は最終的には連邦最高裁の判断になるので、憲法の古さは最高裁の重要性が増すことを意味する。
憲法が不完全であるとは、どういうこと?
アメリカ連邦憲法は「自由の恵沢を確保する」(前文)という理念の下に策定されているにもかかわらず、当初は奴隷制度を容認していた。また、当初から人口の少ない州への配慮として連邦上院議員が各州に2人ずつ割り当てられており、それによる著しい1票の格差は現在でも継続している。
200年間以上連邦憲法は常に理想と現実との狭間にあり、良くも悪くも、そこには連邦最高裁の大きな存在があった。
たとえば、1865年に奴隷制度が廃止されたにもかかわらず黒人を明示的に差別する南部の州の法律が合憲であると判断していたのは連邦最高裁だった一方で、1950年代以降その判断を覆すだけでなく基本的人権を拡大していったのも連邦最高裁である。
憲法がアメリカの国民に浸透しているとは、どういうこと?
国家と憲法の歴史がほぼ一致しているアメリカでは、憲法が国民のアイデンティティーを構成していると言っても決して大げさではない。
たとえばアメリカ人の多くは、自分に発言する権利があると主張する時、「自分には修正第1条に基づく表現の自由の権利(First Amendment right to free speech)がある」と憲法を引用する。
また、アメリカの歴史の中で迫害されていた人たちも、憲法を肯定的に捉えていた。1950年代〜60年代に黒人に対する基本的人権を求める公民市民運動のリーダーを務めたマーティン・ルーサー・キング牧師は、自らへの迫害の根拠とされていた憲法を否定することはなく、自分の運動は憲法の理念を実現するためのものであると主張していた。
このように憲法はアメリカ国民に浸透しているため、連邦最高裁による憲法に関する判決は、一般人の間でも極めて高い関心を引く場合がある。
憲法が統治の仕組みに重点を置いているとは、どういうこと?
アメリカ連邦憲法を策定した人たちは、独裁者の台頭と民意の暴走が人権を脅かすものと思っており、独裁者と民意を抑制する統治の仕組みこそが人権の保護に繋がると考えていた。よって、憲法は三権分立、連邦制、立法プロセス、立法権限、選挙制度といった統治の仕組みについて詳細に規定している一方で、基本的人権に関して多くは規定していない。
たとえば、日本の憲法と異なり、アメリカ連邦憲法は原文において憲法改正の手続き(および改正手続きの対象外の条項(すなわち、改正できない条項))を規定しているが、教育や婚姻の権利に関して規定していない。表現や信教の自由に関する基本的人権でさえ、原文ではなく憲法修正によって規定されている。
憲法改正は実際問題として相当ハードルが高いため、新たな基本的人権の確立には連邦最高裁が大きな役割を果たしてきている。
憲法の論点は「誰が決めるか」にあるとは、どういうこと?
三権分立上、政府の権力は、議会(立法府)、大統領(行政府)、裁判所(司法府)の三つの機関に分散されている。また、アメリカの連邦制の仕組み上、連邦政府における立法権限は一定の範囲に限られており、一般的な立法権限は州にある。
三権分立の論点も連邦制の論点も、最終的には連邦最高裁が判断する。たとえば、連邦最高裁がある権利を基本的人権であると定めると、議会はその権利に抵触する法律を策定できなくなる。また、ある法律が連邦政府の立法権限の範疇外であると連邦最高裁が判断すると、その法律の立法権限は州議会にしかないこととなる。
特に1990年代以降、連邦最高裁は三権分立や連邦制に関する判決を頻発させており、連邦議会や大統領の権限の範囲が大きく変わってきていることから、近年、政治における連邦最高裁の影響力は増している。
抽象的な条項を過大解釈することで憲法が修正されてきているとは、どういうこと?
たとえば、憲法の原文において大統領が「彼(he)」と表現されているため、男性が大統領になることが想定されているのは文言上明確である。他方、現在は女性も大統領になれることが当然視されているが、憲法上の根拠は女性に投票権を与えた修正第19条しかない。
このように、アメリカ連邦憲法は抽象的な修正条項を過大解釈する必要があるので、憲法解釈の最終的な判断を行う連邦最高裁の役割が大きくなる。
これら憲法の特徴は、アメリカの政治にどのような影響を与えるの?
上述した通り、アメリカ連邦憲法の特徴性は様々な側面で連邦最高裁の重要度を高くしている。
連邦最高裁の裁判官は大統領が連邦上院の承認を以って任命するので、連邦最高裁の重要性と連邦裁判官の選定に関わる政治は切り離せなくなっている。
政治と連邦最高裁の強い関係性を示しているのが、連邦最高裁裁判官9人の知名度である。アメリカでは、多少の政治好きであれば、たとえ法律家でなくても裁判官全員の名前を言える。
また、大統領選では候補がどのような最高裁裁判官を任命するかが政策の一つとして注目されるし、連邦最高裁で欠員が生じると政治論争が過熱する。