2016年の大統領選の時からトランプの支持層は白人労働者だと言われていたが、今回の選挙では白人に限らず労働者全般にトランプへの支持が広がり、ハリスの票は富裕層・エリート層が中心となった。従来と逆転したこの構図について、主に出口調査をベースに解説していく。
従来、労働者層とエリート層は民主党・共和党のどちらを支持していたの?
労働者層による民主党の支持には90年近い歴史がある。
1929年に始まった世界恐慌は失業率を23%まで押し上げ、その影響は特に労働者にとって厳しいものであった。1932年に大統領に就任した民主党のフランクリン・デラノ・ルーズベルト(Franklin Delano Roosevelt)は世界恐慌への対策「ニューディール政策」を次々と打ち出し、それ以降、労働者層はずっと民主党の重要な支持基盤となった。
それに対する共和党は、減税の政策を打ち出すなどして、高等学歴で所得も高い富裕層・エリート層の支持を集める方針を取った。
80年代以降、労働者層の民主党への支持は徐々に弱まってきたものの、「労働者層=民主党」の基本的な構図は変わることはなかった。
それが白人の間で大きく変わったのがトランプが初当選した2016年の大統領選であり、今回の大統領選では、2016年に起こった現象が白人以外にも広がった。
年収別で見ると、どのように労働者層とエリート層の投票先が変わったのかが分かるの?
一般的に、出口調査で年収が低いと回答する投票者は労働者層と被っていると考えられている。
次の表のとおり、トランプが初当選した2016年の大統領選では、投票者の年収が低ければ低いほど民主党候補のクリントンを支持する傾向が高かった。クリントンは白人労働者の間で苦戦したが、人種的マイノリティーの労働者の支持は維持できたため、全体的に労働者からの支持を維持できていた。
2016年 | 〜$50,000 | $50,000〜$100,000 | $100,000〜 |
クリントン | 53% | 49% | 47% |
トランプ | 41% | 47% | 47% |
一方、次の表のとおり、今回の大統領選では年収が低い投票者は共和党のトランプを支持した。こちらで解説したとおり、それは特にヒスパニック系の労働者が大きくトランプ寄りに振れたからである。他方、年収が高い投票者は民主党のハリスを支持しており、従来の支持者基盤がひっくり返った。
2024年 | 〜$50,000 | $50,000〜$100,000 | $100,000〜 |
ハリス | 47% | 46% | 51% |
トランプ | 50% | 51% | 46% |
特に年収5万ドル以下の投票先の変化は著しい。2016年の大統領選では12%民主党寄りだったのが8年後には3%トランプ寄りになっており、この15%の振れはどの年収の層より大きい。
最終学歴で見ると、どのように労働者層とエリート層の投票先が変わったのかが分かるの?
一般的に、出口調査で大学を卒業していないと回答する投票者は労働者層と被っていると考えられている。
次の表のとおり、2016年の大統領選では大卒の投票先が8%クリントン寄りだった一方で大卒ではない投票者の投票先は7%トランプ寄りだったので、この時から既に民主党が労働者の間で苦戦していたことが分かる。
2016年 | 大卒 | 大卒ではない |
クリントン | 52% | 44% |
トランプ | 44% | 51% |
一方、次の表のとおり、今回の大統領選では大卒の投票先は13%ハリス寄り、大卒ではない投票者の投票先は14%トランプ寄りになり、大卒と大卒ではない投票者の投票先のギャップが2016年の15%から27%に拡大した。
2024年 | 大卒 | 大卒ではない |
ハリス | 55% | 42% |
トランプ | 42% | 56% |
人種的マイノリティーかつ大卒ではない投票者の投票先はどのように変わったの?
こちらで解説したとおり、ハリスの敗因の1つは人種的マイノリティーの間で票を減らしたことだったが、それは特に労働者の間で票を減らした結果だった。
直近と前回の大統領選における大卒ではない白人以外の投票者の投票先は次の表のとおりで、2016年の大統領選では56%クリントン寄りだったのが今回は30%ハリス寄りとなり、民主党候補のリードがほぼ半減している。
労働者層とエリート層の投票先が逆転した代表的な例は?
共和党が労働者層で大幅に票を増やし、民主党が富裕層で支持を確立させた代表的な例として、ニュージャージー州北部にあるパサイク群(Passaic County)とバーゲン群(Bergen County)が挙げられる。
パサイク群はニュージャージー州の中で3番目に人口が多いパターソン市(Patterson)が所在する。人口の構成としては白人が少なく、6割がヒスパニック系で2割が黒人。典型的な人種的マイノリティーが多い労働者地域である。
この群における2016年と今回の大統領選での投票結果は次の表の通り。8年前は18%クリントン寄りだったのが今回は3%トランプ寄りとなっており、21%もトランプ寄りに振れている。
この結果に込められた重要さは、隣接しているバーゲン群の結果と比較すると分かる。バーゲン群はニューヨーク市に隣接していることから多くの住民がニューヨーク市で働いており、大勢の日本の駐在員も住んでいる、典型的な大卒の富裕層の地域である。
従来、バーゲン群はパサイク群より共和党寄りであるため、パサイク群で共和党候補が民主党候補を上回っていると、バーゲン軍では共和党候補が圧勝していた。ところが今回の選挙では、パサイク群でトランプがハリスを上回ったにもかかわらずバーゲン群ではハリスがトランプを上回った。
直近でパサイク群が共和党を支持しバーゲン群が民主党を支持したのは1892年だった。130年ぶりの出来事であることが、トランプ現象の歴史的な重要性を語っている。
なんで民主党は労働者の票を失ったの?
1930年代から労働者の支持を得ていた民主党がここに来て彼らの票を失うことになったきっかけは40年前に遡る。
1980年から1988年にかけて民主党は大統領選で3回連続大差で負けた。結果、民主党は方針転換を強いられ、それが「第三の道」として経済的自由主義を訴えることで2期8年大統領を務めることに成功したビル・クリントン(Bill Clinton)の誕生につながった。
経済的自由主義は1990年代に加速したグローバル化と相性がよかった。この時代は富裕層に多くの富をもたらしたものの、労働者層からすると賃金は上がらず工場は海外に移転され、辛いことばかりだった。
エリート層は労働者のこの状況に対し、、グローバル化は止められない流れなので、大学を卒業しグローバル化時代に見合ったスキルを身につけるよう促した。つまり、所得と教育は比例すると諭したのである。これはある意味、経済的に苦労しているのは大学に進学しなかったのがいけないのだという自己責任論となり、何らかの理由で大学を卒業できなかった労働者層は当然のこととして屈辱を感じた。
1990年代の特徴は、もともと富裕者層が支持していた共和党だけでなく、従来労働者層が支持していた民主党さえ経済的自由主義を受け入れたことである。結果、2000年代以降、労働者層が純粋に支持できる政党がなくなってしまった。
その矛盾がもたらしたのが2016年の大統領選である。その年の大統領選では、反既得権益主義、つまりエリート層への反発を訴える候補者が両党で躍進し、民主党のバーニー・サンダース(Bernie Sanders)はクリントンに一歩及ばなかったものの、トランプは共和党の指名候補になった。
つまり、従来富裕層向けの政党だった共和党が労働者層に乗っ取られたのである。労働者層にとっては40年ぶりに支持できる政党(というか、候補)が誕生した一方で、その反動として民主党がエリート層の政党となった。