トランプによる関税〜法的根拠と裁判所・議会の抑止力〜

トランプによる関税〜法的根拠と裁判所・議会の抑止力〜

ドナルド・トランプ大統領は現地時間の4月2日(水)、すべての国に一律で10%の関税を課し、アメリカの貿易赤字が大きい国にさらなる「相互関税」を課すると発表した。ここでは、トランプによる関税に関して、大統領権限の法的根拠、裁判所や議会の抑止力および政治的影響について解説していく。

なぜ関税を課する権限が大統領にあるの?

トランプは大統領令を通じて関税を課したが、こちらで解説している通り、大統領令は立法プロセスを経て策定された法律に基づいて発される必要がある。

アメリカ連邦憲法上、課税する権限は連邦議会にあり、1930年代までは連邦議会が関税の税率を定めていた。だが、20世紀後半以降、連邦議会は関税に関する権限を徐々に大統領に移行してきている。

その背景にあるのは、1930年関税法、通称「スムート・ホーリー関税法」(Tariff Act of 1930, “Smoot-Hawley Tariff Act”)である。連邦議会は同法を通じて、1929年に始まった大恐慌に最も影響を受けた農業を保護するため、2万品目以上の輸入品に対する関税を記録的な高さに引き上げた。だがこれは逆効果となり、各国が報復処置をとったことで世界の貿易量が暴落し、結果、大恐慌が深刻化した。連邦上院のホームページはこの法律について、議会の230年間の歴史の中で史上最悪の法律の1つだった(”among the most catastrophic acts in congressional history”)と振り返っている。

それ以降、連邦議会は関税率を定めるのをやめ、大統領に他国と貿易協定を交渉する権限と共に関税を課する権限を付与するようになった。

大統領に関税を課する権限を与えている法律はどのようなものなの?

大統領に関税の権限を与えている法律は主に6つあり、関税を課せられる理由、関税の期限および関税率の上限がそれぞれ異なる。

次の3つの法律では、大統領が関税を課す前に、行政機関が関税の必要性について調査することが求められている。

  • 1962年通商拡大法の232条(Section 232 of the Trade Expansion Act of 1962)(以下、「232条」)
  • 1974年通商法の201条(Section 201 of the Trade Act of 1974)(以下、「201条」)
  • 1974年通商法の301条(Section 301 of the Trade Act of 1974)(以下、「301条」)

この3つの法律の違いは以下の通りである。

232条201条301条
関税の理由国家安全保障に対する脅威国内産業の被害貿易協定違反
関税の期限なし4年(8年への延長可能)4年(無期限の延長可能)
関税率の上限なし50%(徐々に下げていく必要あり)なし

出典〜Congressional and Presidential Authority to Impose Import Tariffs

次の3つの法律では、大統領は関税の必要性について調査せず関税を課すことができる。

  • 1974年通商法の122条(Section 122 of the Trade Act of 1974)(以下、「122条」)
  • 1930年関税法の338条(Section 338 of the Tariff Act of 1930)(以下、「338条」)
  • 国際緊急経済権限法(International Emergency Economic Powers Act of 1977)(以下、「IEEPA」)

この3つの法律の違いは以下の通りである。

122条338条IEEPA
関税の理由他国による未払い等通商におけるアメリカ差別国家的緊急事態
関税の期限150日なしなし
関税率の上限15%50%なし

出典〜Congressional and Presidential Authority to Impose Import Tariffs

トランプはどの法律を根拠に関税を課したの?

4月2日に発表された関税は、IEPPAに基づき「膨大な貿易赤字がもたらす国家的緊急事態」を理由に課されている。IEPPAはそもそも関税に関する法律ではなく、大統領が国家的な緊急事態を宣言することで輸入を制限できることを定めている法律である。大統領権限が極めて強い法律で、IEPPAに基づいて関税を課した大統領はトランプが初めてである。

1期目のトランプ政権は、232条に基づいて鉄とアルミの輸入に、201条に基づいて太陽電池パネルの輸入に、301条に基づいて中国からの一部の輸入に関税を課していた。

なお、122条および338条に基づいた関税は(トランプ政権に限らず)一度もない。

行政機関による抑止力はないの?

通常、連邦議会が大統領に権限を与える場合、行政の仕組みが大統領権限への抑止力となるが、関税に関する大統領の権限に対してはこの抑止力が働かない。

最大の理由は、法律自体が大統領本人に権限を与えていたり、関税の必要性について事前に調査することが求められていないことから、大統領は行政の仕組みを超える形で権限を行使できるからである。

裁判所による抑止力はないの?

既にトランプによる関税の無効を求める訴訟が提訴されている。だが、これまでの判決で裁判所は関税に関する大統領権限の行使に関して大統領の判断を尊重する姿勢を取ってきており、トランプ政権が敗訴する可能性は極めて低い。

近年の連邦最高裁は行政機関が法律の解釈を行うことに否定的な見解を示していることから、裁判所が従来ほど大統領の判断を尊重しない可能性がある。だが、今回の関税は「国家的緊急事態」を理由としており、(日本製鉄の買収案件における「国家安全保障」に関する判断と同様)裁判所が大統領による緊急性の判断を否定するとは考えにくい。

議会による抑止力はないの?

理論上は、連邦議会はいつでも法律を成立させることで大統領が課した関税を無効にすることができるし、法律を改正することで大統領に与えられている権限を剥奪することができる。

だが、立法プロセス上、法律を成立・改正させるためには原則大統領の承認が必要で、大統領が自身を拘束する法案に賛成することはありえない。したがって、法案・改正案が連邦議会を過半数で通過してもトランプが拒否権を行使することは確実で、その場合、連邦上院、連邦下院の双方が2/3で可決しないと法律は成立しない。

現在、連邦上院と連邦下院のどちらも共和党が支配している。共和党から大量の造反者が出ないとトランプを抑止する法律は成立せず、トランプに恭順である共和党議員の大勢が造反するとは考えられない。

関税は政治的にどう捉えられているの?

経済界と政界のいずれもトランプの関税は100年に1度の悪い政策であると評価しており、世論的にも不評である。理由は、トランプが課した関税のような大規模な関税だと、コストが消費者に転嫁されるのは確実で、その負担は国民が負うことになるからである。

共和党内では、この関税がスムート・ホーリー関税法の再来となり、来年11月の中間選挙に悪影響を及ぼすことを懸念する声が上がっている。

より中道的な連邦上院では、一部の共和党議員が民主党と連携してカナダに対する関税を否定する法案を可決させたが、この法案は連邦下院では採決されないと思われる。他にも、大統領が関税をする場合は連邦議会に承認又は拒否する機会を与えることを定めた法案が共和党内で検討されているが、これも採決される可能性が低く、採決されたとしても両院で2/3で可決される可能性は皆無である。

現在ほんの一部に留まっている共和党内のトランプへの抵抗がどこまで広がるかは、今後どこまでインフレが起こり、どこまでトランプの支持率が下がるかによるだろう。

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