直近の世論調査によると、ドナルド・トランプが大統領に返り咲く可能性が高まっている。ここでは、トランプが一部の支持者から熱狂的な支持を集めるポピュリズムの背景を解説していく。
そもそもトランプの支持者はどういう境遇にいる人たちなの?
熱烈なトランプ支持者はいわゆる「白人の労働者層」(white working class)に多い。
典型的な白人の労働者は、ウエストバージニア州(West Virginia)、ペンシルベニア州(Pennsylvania)、オハイオ州(Ohio)、ミシガン州(Michigan)、ウィスコンシン州(Wisconsin)等に居住し、石炭鉱業、鉄鋼製造業、自動車産業等で働いている。これら産業が全盛期だった頃の彼らは、大学を卒業せずともまずまずの給料がもらえ、(楽な生活ではなくとも)生活に苦労することもなく、前世代より生活水準が向上していた。
だが、この数十年間でこれら産業は崩壊(石炭鉱業)、衰退(鉄鋼製造)、または弱体化(自動車産業)してしまい、彼らも無職または減給になり生活水準が著しく低下してしまった。
つまり彼らはギリギリの暮らしを強いられており、繁栄していた時期がまだ記憶に新しい分、現状に対する不満が特に強い。
「Drain the swamp(沼地のヘドロ水を抜く)」をスローガンとし、既得権益を一掃すると約束したトランプへの支持は、その不満が爆発した結果だ。
なぜ彼らの不満が爆発したの?
直接なきっかけは、リーマンショックをもたらした世界金融危機である。
彼らからすれば、この危機は彼らの知らない世界(ウォール街)で、彼らと何の関係もない人たち(富裕層)が勝手に起こした問題である。にもかかわらず、彼らの血税が金融機関の救済に投入され、彼らは不況の煽りで職と住まいを失い、彼らがしわ寄せを受けた。
それだけではない。世界金融危機を起こした張本人達は誰一人として刑罰を受けることがなく、大半は億万長者のまま。このような状況で怒りが爆発しないほうが不思議だ。
つまりトランプ現象はエリートへの反発、すなわちポピュリズムなのである。
彼らはトランプの嘘や差別的な発言について気にならないの?
定評では、トランプ支持者は自らの境遇を人種的マイノリティーや移民のせいにしている差別者だが、彼らの多くは黒人だったバラク・オバマに2回投票したことを忘れてはならない。
より客観的に見れば、彼らは明日の食費をどう捻出するかで精一杯で、トランプの経済政策に魅力を感じれば、トランプの問題発言を受け流してしまう。彼らに言わせれば、トランプの欠陥を重々承知した上で、トランプを「人間性」ではなく「政策」で選んでいるのである。
なぜ彼らはトランプの言動をいくら指摘されても問題視しないの?
彼らからすると、それは「指摘」ではなく「諭し」に聞こえるからだ。
トランプの言動を重大視する人たちは概ね大卒で、無事出世の階段を登っているエリート層である。トランプ支持者からすると、高級マンションに住み、高層ビルで働き、生活に何の心配もない輩から説教されたくない、というのが本音だろう。
これは何もトランプの言動に関する「指摘」に限った話ではない。
例えば、地球温暖化が進む中、エリート層は再生可能エネルギーやEVへのシフトを当然視するが、そういった政策は石炭鉱業の破滅や自動車産業の衰退をもたらし、多くのトランプ支持者の生計を直撃する。
生活が苦しい彼らが生活に余裕があるエリート集団から「常識の指摘」を受けても、反発を強めるだけである。
エリートへの反発は理解できたとして、なぜ彼らが支持するのが億万長者のトランプなの?
実は、今のトランプ支持者が億万長者を支持したのはこれが初めてではない。
1992年の大統領選では、共和党の現職大統領だったジョージ・H・W・ブッシュ(George H. W. Bush)が民主党のビル・クリントン(Bill Clinton)に負けたが、この選挙では実業家のロス・ペロー(Ross Perot)が無所属候補として歴史に残る高得票率を獲得した。
ペローはITサービス企業エレクトロニックデータシステムズ(Electronic Data Systems)とペローシステムズ(Perot Systems、現在NTT DATAの子会社)を起業・売却した億万長者。北米自由貿易協定の反対、富裕層の増税、国民健康保険の確立、保護貿易を公約するといった政策で支持を集めた。
特に保護貿易はトランプの政策と類似しており、ペローの支持層とトランプの支持層は被っている。トランプ支持者は、仲間意識ではなく、自分の意見を代弁してる人としてペローやトランプを支持するのである。
トランプ以外でトランプ支持者が支持できる政治家はいないの?
ポピュリズムは右にあれば左にもある。
トランプは2016年の大統領選で民主党のヒラリー・クリントン(Hillary Clinton)を下したが、そのクリントンは民主党の予備選でバーニー・サンダース(Bernie Sanders)の躍進に苦しめられた。
サンダースは社会主義が許容されないアメリカで民主社会主義者であることを公言しており、ウォール街の億万長者を叩くことで支持を集めた。
つまり2016年の大統領選は「ポピュリズムが人気を集めた選挙」で、色々な運と偶然が重なってトランプがひょっこり当選できてしまったのだ。
トランプ現象が日本で起こることはないよね?
どうだろう。
2016年のイギリスのブレグジットとトランプの当選から始まり、2019年のブラジル大統領選におけるジャイール・ボルソナーロ(Jair Bolsonaro)の勝利、2020年のフランス大統領選におけるマリーヌ・ル・ペン(Marine Le Pen)の健闘、2022年のジョルジャ・メローニ(Giorgia Meloni)イタリア首相の就任、2023年のオランダ総選挙における自由党(Partij voor de Vrijheid)の躍進とアルゼンチン大統領選におけるハビエル・ミレイ(Javier Milei)の勝利。
ポピュリズムはじわじわと世界中に広がっている。
日本ではNHK党、れいわ新撰組、参政党がポピュリズムを象徴しており、これら政党は直近の2022年の参院選で10%の票を獲得し、今週末の衆院選ではそれ以上の票を獲得する可能性が極めて高い。
日本でもポピュリズムの波が押し寄せてきているのではないだろうか。