アメリカの選挙でも「カバン」、「カンバン」、「ジバン」が重要であると考えられている。ここでは、「選挙の三バン」に加えて風と候補者の資質がアメリカの選挙においてどのように重要であるかを解説していく。
日本でいう「カバン」、つまり選挙資金はどれほど重要なの?
アメリカの選挙には膨大な金がかかる(連邦下院議員の選挙には数億円、連邦上院議員の選挙には数十億円、大統領選には数百億円)。したがって、「カバン」の重要性は日本より高いと言える。
アメリカの選挙資金の源泉は2つある。
- 自己資金〜アメリカでは憲法上の理由から、選挙に投入できる自己資金の額に上限がない
- 個人、政党、政治資金団体等からの献金〜アメリカの規制上、候補者の陣営が第三者から受け取れる献金の額には数十万円から数百万円の上限がある
この仕組みは自己資金が潤沢にある候補者にとって極めて有利なように見えるが、億万長者の当選率は決して高くない。その理由として、献金を集める為に必要な活動と票を集める為に必要な活動は同様であることから、集金活動をしなくて済む候補者は集票活動を疎かにしかねないという考えがある。
大統領選において、出馬表明から予備選が始まるまで候補者がどれほど選挙資金を集められているかを追跡することは、「沈黙の予備選(silent primary)」または「資金の予備選(money primary)」と呼ばれる。資金が集まらない候補者は当選の見込みが薄いとレッテルを貼られ、撤退に追い込まれることがよくある。
日本でいう「カンバン」、つまり知名度はどれほど重要なの?
アメリカの選挙でも当選するためには名前を知ってもらう必要があるので、知名度は重要だ。アメリカの候補者が知名度を得る方法は主に4つある。
① 現職
知名度が圧倒的な現職が選挙に強いことは日本もアメリカも変わらない。
② 親族
アメリカでも親族が政治家だった候補者は知名度が高い。親子で知事や連邦議員を務めている例は珍しくなく、大統領の親族が政治家になった例では、民主党側ではケネディ一家、共和党側ではブッシュ一家が有名だ。
ただ、アメリカでは日本の「世襲」ほど親族関係が選挙に有利に働かないと考えられ、その理由として予備選の仕組みが挙げられる。
アメリカで当選するためには、原則として、予備選で勝ち抜いた後に本選挙で勝利する必要がある。日本では党が公認候補を指定するが、アメリカではその判断を予備選を通して投票者に委ねていると言え、投票者は候補者の氏名以上に思想等を重視することがよくある。
③ 有名人
アメリカにもスポーツ選手等政界以外で活躍した人が政治家に転じる例はあるが、日本ほど多くない。
その理由として、まず「有名」になることがアメリカでは日本よりずっと大変であることが挙げられる。オリンピックでメダルを1つ2つ獲得したくらいではアメリカではほぼ無名だ。
さらに、アメリカでは日本より候補の思想や資質が重視される傾向にあると言える。有名人であっても、思想的に投票者に受け入れられなかったり、政治的課題に関する知識が露出したりすると選挙で完敗する。
④ 選挙活動
もともと知名度がないのであれば知名度を上げる必要があり、その為にはテレビのCMやSNSの投稿等が欠かせない。このためには、上述した選挙資金が極めて重要となる。
日本でいう「ジバン」、つまり組織力はどれほど重要なのは?
アメリカの選挙でも組織力は重要であるとされているが、トランプ台頭以降、それに疑義が生じ始めている。
アメリカでは組織力は「投票推進運動(get-out-the-vote campaign)」や「地上戦(ground game)」と呼ばれ、これは選挙陣営が特定した支援者または潜在的な支援者に対して、投票してもらうようボランティアが促す活動を意味する。特に大統領選では、陣営の組織力を測る指標として事務所の拠点数やスタッフの人数が注目される。
共和党のドナルド・トランプが従来の組織選挙を展開した民主党に2度も勝利したことで、組織力がどれほど重視されるべきかについて再検証すべきという声が出始めている。
アメリカでも選挙は風の影響を受けるの?
アメリカでも、強い逆風が吹くと3つの「バン」を揃えている候補さえ吹き飛ばされかねない。アメリカでは選挙の風を「波(wave)」に例えるので、共和党が赤色、民主党が青色で示されることが通常であることから、共和党に追い風が吹くと「赤い波(red wave)」、民主党に追い風が吹くと「青い波(blue wave)」が押し寄せたと表現される。
連邦議員だけでなく地方の選挙でも、大統領の支持率の水準で概ね風の行方が決まる。具体的には、大統領の支持率が40%前半台以下だと、大統領と同じ政党の候補者は同党が牙城の州においても苦戦しかねない。
候補の資質はどれほどアメリカの選挙に影響を及ぼすの?
最近のアメリカの選挙では大統領の支持率(追い風・逆風)や選挙資金の規模ばかりが強調されがちだが、特に僅差の選挙では候補者の資質が勝敗を決めることがよくある。
たとえば、連邦上院選や知事選だと、失言を繰り返す候補者は全国的に報道され、惨敗することが多い。また、支援者と直接会話したり握手するといった地味な選挙活動(アメリカでは「retail politics」と呼ぶ)が苦手でテレビのCMやSNSに頼ってばかりの候補者は選挙に弱いと言われている。
さらに、日本にはない要素として、予備選の仕組みがある。
大半の州では、予備選が党ごとに実施され、党の予備選を勝ち抜いた候補者同士が本選挙で競う。予備選の投票者は概ね党の熱狂的な支援者であることから、予備選を勝ち抜く候補者は思想が偏っている場合が多い。だが本選挙では幅広い層に支持してもらう必要があることから、本選挙で勝利するためにはより中道的な思想に軌道修正できるスキルが求められる。
また、たまに起こるのが、たとえば民主党の牙城で民主党の予備選を勝ち抜いた候補者が、本選挙を疎かにしてあっけなく共和党の候補に負けてしまうことである。
本選挙で軌道修正できることも本選挙で手を抜かないことも、アメリカの選挙では候補者に必要な資質と考えられる。