2026年1月に就任したニューヨーク市長、ゾーラン・マムダニ(Zohran Mamdani)は、市長選で「市営スーパー」「家賃凍結」「無償保育サービス」「無料バス」といった低所得層向けの政策を掲げていた。これら4つの政策は一見似た「生活支援策」に見えるが、実現可能性は法的権限の所在によって大きく異なる。ここでは、なぜ「市営スーパー」と「家賃凍結」はマムダニの権限内で実現でき、「無償保育サービス」と「無料バス」は州の協力がないと実現しにくいかを解説していく。
なぜ市営スーパーは最も実現の可能性が高いの?
ニューヨーク市の低所得地域ではスーパーが少なかったり移動コストがかかるという「フードデザート(食の砂漠)」問題があり、これを解消するために、マムダニはニューヨーク市の5つの各区に市営スーパーを設置することを提案している。これは市議会の協力があれば、市長の権限の範囲内で実行可能な政策である。
マムダニの計画では、賃料の割引、卸売価格での農産物の一括購入、固定資産税の免除といった補助をスーパーに行うとしている。これらは市の予算で賄うことが可能である。ニューヨーク市の予算は、(連邦政府や州政府と同様に)原則として市議会の可決と市長の承認によって成立するため、マムダニは市議会の協力さえ得られれば、市営スーパーを実現できる。
ただ、市営スーパーは構造上、赤字となる可能性が高い。ニューヨーク市による財政赤字は法律上禁止されているため、市営スーパーが増設され、赤字が拡大すれば、市の予算措置によって支えることには限界が生じる。
なぜ家賃安定化住宅の家賃凍結は、実現される可能性が高いの?
ニューヨーク市の住民の大半は賃貸アパートに住んでおり、家賃の急上昇が生活を圧迫していることから、マムダニは家賃安定化住宅(rent-stabilized apartments)の家賃凍結を目指している。これは実質市長の人事権で実現できる政策である。
家賃安定化住宅とは、急激な家賃上昇や立ち退きを防ぐことを目的とした制度の下にある賃貸住宅を意味する。ニューヨーク市にある賃貸アパートの半分が家賃安定化住宅に該当し、市内に住む約800万人の4人に1人が家賃安定化住宅に住んでいる。
家賃安定化住宅の家賃改定率は、毎年6月頃、9名の委員で構成する賃料調整委員会(Rent Guidelines Board)が決定する。ニューヨーク市行政法上(New York City Administrative Code)、委員の任命権は市長にあるので、マムダニは家賃を上げない姿勢を示している委員を任命することで、家賃凍結を実現できる。
賃料調整委員会は過去3回家賃上昇率を0%に設定しており、いずれも2014年から2021年まで市長を務めたビル・デブラシオ(Bill de Blasio)の政権下で起こった。他方、デブラシオの後任エリック・アダムズ(Eric Adams)の政権下においては、4年間で家賃が総合12%上げられた。
賃料調整委員の任期は2年〜4年で、市長は正当事由がないと解任できない。アダムズ前市長は、退任間際の2025年12月に9名の委員のうち4名を任命した。これは、マムダニ市長による家賃凍結を少なくとも1年間遅らせる意図があったと見られている。だが、就任直前に1人が任命を辞退した。その結果、市長が任意に任命できる委員長と現在の空席を含めると、マムダニ市長は賃料調整委員会の過半数にあたる5名を任命できることとなった。
マムダニが任命する委員が必ずしも家賃凍結を決めるとは限らないが、次回改定で凍結される可能性は高まった。
なぜ生後6週間からの無償保育サービスには、州の協力が必要となりそうなの?
ニューヨーク市の保育費は年間1.8〜2.6万ドル(約280万円〜400万円)に達していることから、マムダニは誰でも無料の保育サービスを受けられる政策を目玉政策として挙げている。これは制度設計としては市の予算権限内で可能な政策だが、財源規模を考えると、現実には州の協力が不可欠となる。
ニューヨーク市は既に3歳児と4歳児向けの無償保育を提供しているが、マムダニの計画では、それを生後6週間の乳児まで拡大する。市予算を投入して保育枠を拡大し補助金を増やすことは、市議会の協力があれば可能である。
しかし、この政策には60億ドル(1兆円弱)かかるとされており、財源が課題となる。マムダニはこれをニューヨーク市の富裕層に対する所得税を2%増税することで賄うとしているものの、連邦制であるアメリカでは、課税権の本源的主体は連邦政府と州政府であり、市は州法の授権に基づいてのみ課税できる。
ニューヨーク州は州税法(New York Tax Law)を通じて、ニューヨーク市が所得税を課すことを認めている。さらに、市は一定の裁量内で税率を定める権限を有しているが、この権限は狭く解釈される。市の所得税の最高税率は現在3.876%である。これに2%を上乗せすると税率は5.876%となり、水準としては約5割の引き上げにあたる。この規模の増税は市の権限を超えており、州の承認が必要であると考えられる。
なぜバスの無料化には、州の協力が欠かせないの?
ニューヨーク市では地下鉄が充実している地域とバス依存地域に差があり、バス利用者は地下鉄利用者より所得が低い傾向がある。そのため、マムダニ市長は低所得者に対する支援策としてバスの無料化を公約に挙げているが、これは権限と財源の観点から州の協力がなくては実現できない政策である。
ニューヨーク市のバスや地下鉄はメトロポリタン交通局(Metropolitan Transportation Authority)が運営している。メトロポリタン交通局はニューヨーク州の公共法人法(Public Authorities Law)に基づいて設立された州の公的機関であり、23名で構成される理事会は知事が任命する仕組みになっている。ニューヨーク市長にはそのうち4名を推薦する権限があるが、任命権はない。
このようにメトロポリタン交通局は州の管轄下にあるため、バスの無料化はマムダニ市長の権限を超えている。また、バスの無料化には8億ドル(約1200億円)が必要とされている。マムダニ市長はこれも富裕層に対する所得税の増税によって賄うとしているが、上述したとおり、これには州の協力が必要である。