大統領の重要な権限であるものの「法律」とは位置づけが異なる「大統領令」。ここでは、「大統領令」とはどのようなもので、どのような法的根拠があり、どのような法的効果があるかについて解説していく。
大統領令とは何?
大統領令(executive actions)とは大統領が下す命令であり、法律の解釈や人事・予算の管理、祭日の宣言等、ありとあらゆるトピックを網羅し、政策の大きな変化につながることがある。
大統領令には「行政命令」(executive order)、「大統領覚書」(presidential memorandum)、「大統領宣言」(presidential proclamations)の3つの種類がある。
行政命令は、大統領が行政の長として、政府の運営に関して政府内部に向けて発する命令である。一方、外部に向けた発表は大統領宣言と呼ばれる。法律上、行政命令、大統領宣言の両方とも番号が付された上で連邦官報(Federal Register)に掲載される必要がある。
大統領覚書も行政命令と同じく政府内部に向けて発する命令であるが、行政命令と異なり、連邦官報に掲載される必要がない。もっとも、法的拘束力をもたらせるためには連邦官報に掲載される必要がある。
行政命令と大統領覚書の使い分けにについて明確な決まりはなく、本質的には行政命令と同じである。
大統領令の法的根拠は?
アメリカ連邦憲法にある。
連邦憲法は大統領に「法律を誠実に執行する権限」を与えていることから、多くの大統領令は議会の承認を経て成立した法律を執行する際の方針を示すことに使われる。
さらに、憲法は議会が関与しない(できない)大統領専属の権限も規定しており、大統領はこの独自の権限に基づいて大統領令を発することができる。たとえば、恩赦権限を行使して恩赦を与えたり、軍の最高司令官(commander-in-chief)として軍隊の規則について命令できる。
なお、ジョン・F・ケネディ大統領(John F. Kennedy)が下した行政命令11030によりどの行政命令も法的根拠が明示される必要があるが、大統領覚書にはそういった要件がない。そのためか、特にバラク・オバマ大統領(Barack Obama)以降の大統領は行政命令より大統領覚書に依拠する傾向が見られる。
大統領令の法的効果は?
連邦官報に掲載された大統領令には法的拘束力があり、成立・施行に多くの手間と長い時間がかかる法律と違って大統領の判断で発することができるので、特に20世紀以降の大統領は頻繁に活用しているが、大統領令は立法プロセスを経た「法律」ではないため、その効果には限界がある。
まず、大統領令はアメリカ憲法に基づいている必要があるため、裁判所が違憲だと判断すれば無効になる。
次に、連邦法に基づいて発された大統領令は、連邦議会が法律の改正案を可決させれば覆される可能性がある。(ただし、アメリカでは、原則として、大統領の承認がなければ法律は成立しないため、議会が大統領交代前に大統領令を覆すハードルは極めて高い)
最後に、どの大統領も過去の大統領令について撤回または修正することができる。実際、新しく就任した大統領がまず手をつけるのは、大抵、前大統領が出した大統領令の一部を覆すことである。
過去の有名な大統領令は?
これまで13,000以上の大統領令が発されてきているが、特に有名なのは以下である。
- 日系人の強制収容〜フランクリン・D・ルーズベルト大統領(Franklin D. Roosevelt)は第二次世界大戦時に行政命令9066を通じて日系人を強制収監し、連邦最高裁はこれを合憲と判断した
- 製鋼工場の差し押さえ〜ハリー・S・トルーマン大統領(Harry S. Truman)は朝鮮戦争時に製鉄業のストが戦争に悪影響を及ぼすことを恐れ、行政命令10340を通じて製鋼工場を差し押さえ操業継続を命じたが、連邦最高裁はこれを違憲と判断した
- 奴隷解放〜エイブラハム・リンカーン大統領(Abraham Lincoln)は南北戦争時に大統領令を通じて連邦軍が占領していた南部の奴隷を解放し、その後アメリカ連邦憲法の改正により全土で奴隷が解放された
- グアンタナモ収容キャンプの閉鎖〜バラク・オバマ大統領は行政命令13492を通じてキューバにあるグァンタナモ米軍基地に設置されている収容キャンプを閉鎖するよう命じたが、次に大統領になったドナルド・トランプはその命令を行政命令13823により撤回した