大統領の恩赦権限の概要

大統領の恩赦権限の概要

アメリカ連邦憲法は大統領に絶対的な恩赦権限を与えている。ここでは、その権限について解説していく。

簡潔にいうと、大統領の恩赦権限とはどういうものなの?

アメリカの大統領は、連邦法に基づく犯罪に関連する刑罰について、許したり減刑する権限を有している。恩赦を与えることで、有罪判決が無効になったり量刑が減刑される。裁判が係争中であったり起訴前であっても恩赦することは可能なので、先んじる恩赦も可能である。

恩赦された人は、有罪判決の記録は残るものの、公民権が復活し、懲役刑の場合は釈放される。

恩赦の法的根拠はどこにあるの?

アメリカ連邦憲法に規定されている。恩赦には閣僚の承諾等が必要なく、裁判所にも審査されないので、恩赦権限は大統領個人の絶対権限と言える。

もっとも、大統領の恩赦権限には重要な制約がある。連邦制であるアメリカでは連邦政府と州政府に主権があり、連邦政府だけでなく州も刑法を定めている。大統領の恩赦権限は「アメリカ合衆国に対する犯罪」にしか及ばないため、大統領は州法に基づく犯罪について恩赦することができない。(州法に基づく犯罪に対する恩赦権限は州の知事にある。)

もう1つ、弾劾の対象となっている政治家や裁判官を恩赦することはできない制約もある。

恩赦権限が絶対的ということは濫用のリスクがあるのでは?

確かに大統領が恩赦権限を濫用することを誰も止めることはできないが、実際には、政治が抑制力となっている。

大統領による恩赦は広く報道され、注目される。親族や友人の恩赦のみならず、殺人者や強姦犯の恩赦は国民の批判の的となるので、支持率暴落のきっかけとなりかねない。

したがって、特に最近は、恩赦が大統領の任期の終わりの頃、具体的には11月上旬にある大統領選から1月20日の大統領任期満了日までの期間に集中する傾向がある。選挙後かつ退任直前なら選挙への影響を考慮する必要がなくなるからである。

一般的に、大統領は何人くらい恩赦するの?

歴代大統領は(就任直後に死去した2人を除き)全員が恩赦の権限を行使しているが、人数は数十人から数千人と大きく異なる。

最多はジョウ・バイデン大統領が個々に恩赦した4,000人(包括的な恩赦も含めると8,000人)で、大半は薬物犯罪者の量刑の減刑だった。

どのような人たちがどのような理由で恩赦を受けるの?

歴史的に見るとありとあらゆる人が様々な理由で恩赦を受けているが、多くは次のカテゴリーに該当する。

  1. 親族を救うため〜バイデン大統領による息子、兄弟、義理の兄弟の恩赦、エイブラハム・リンカーン大統領(Abraham Lincoln)による義理の妹の恩赦、ビル・クリントン大統領(Bill Clinton)による弟の恩赦等
  2. 友人を救うため〜支援者の恩赦等
  3. 政治的な理由のため〜政権の閣僚や党重鎮の恩赦等
  4. 国家のため〜アンドリュー・ジョンソン(Andrew Johnson)による南北戦争における反乱者の恩赦、ジミー・カーター(Jimmy Carter)によるベトナム戦争における徴兵忌避者の恩赦等
  5. 人道的配慮のため〜高齢や末期の受刑者の恩赦等
  6. 不当な司法判断を正すため〜必要以上に厳しい量刑を受けた受刑者の恩赦等

恩赦の対象者はどのように決まるの?

一般論として、恩赦を受けたい人たちは大統領に対して申請を行う。通常、恩赦の申請は司法省が審査し妥当だと判断された事案が大統領に上申されるが、大統領は独断で恩赦権限を行使することもできる。

恩赦を拒否することは可能なの?

アメリカ連邦最高裁は、恩赦を拒否する権利が対象者にあると明確に述べている。せっかくの恩赦を拒否する人は稀だが、たとえば、自分は無罪だと信じてる人が恩赦を受けることで有罪を認めたと見做されることを嫌う場合などが考えられる。

恩赦が撤回されたことはあるの?

1度だけある。ジョージ・W・ブッシュ大統領(George W. Bush)は、不動産開発事業者の経営者を恩赦した翌日、知られてなかった新事実が判明したとして恩赦を撤回した。

この時は恩赦撤回の有効性が問われたが、司法省は、恩赦は発表されただけで対象者に送付されていなかったため、そもそも正式に恩赦されていなかったと説明した。

故人を恩赦することは可能なの?

多くの大統領が故人を恩赦しているが、最高裁も司法省も恩赦は対象者に受領される必要があるとしているため、恩赦を受け取ることができない故人の恩赦については有効性に疑義がある。

最も有名な恩赦は?

1974年のジェラード・フォード大統領(Gerald Ford)による前任者リチャード・ニクソン(Richard Nixon)の恩赦は今でも歴史に残っている。

ニクソンは、再選を目指した大統領選の際に民主党本部の電話に盗聴器が仕掛けられたウォーターゲート事件において捜査妨害と隠滅行為を行ったことが発覚し、辞任した。結果、副大統領だったフォードが大統領に就任し、1ヶ月後、フォードはニクソンを恩赦した。

当時これはフォードが恩赦と引き換えにニクソンの辞任を促した「不当な取引(corrupt bargain)」の証と見做されたが、現在は、アメリカがウォーターゲート事件に踏ん切りをつけ前に進むためにはニクソンの恩赦が不可欠であり、フォードは英断を下したと見直されている。

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