アメリカの大統領選では、必ずしも最多得票者が当選しないという奇妙な現象が起こり得る。ここでは、その現象が起こる理由について2016年の選挙を例に解説し、今年の大統領選でも起こる確率について解説していく。
この現象はなぜ起こるの?
一言で言うとアメリカの大統領選は間接選挙だからだが、より具体的には以下の理由からだ。
- アメリカの大統領は「選挙人(electors)」と呼ばれる人たちに選ばれる
- 「選挙人」は538人いて、その過半数(つまり270人)の支持を得た大統領候補が次期大統領になる
- 「選挙人」は州ごとに、その州の連邦下院議員と連邦上院議員の合計数に応じて割り当てられる
- 連邦上院議員は州の人口に関わらず各州に2人ずついることから、上院議員の割り当てには著しい一票の格差があり、よって「選挙人」の割り当てにも大きな一票の格差が生じる
- 通常「大統領選」と呼ばれている選挙は、各州の投票者がその州の代表となる「選挙人」を選ぶ選挙である
- 大半の州では、州単位で得票数が最も多い大統領候補がその州に割り当てられる「選挙人」全員を獲得する(つまり、”州を勝利した”大統領候補への支持を表明している「選挙人」のみがその州を代表する「選挙人」に選ばれる)
上記のうち、「勝者総取り方式」と「一票の格差」の2つが、全国的な得票数(通常、”popular vote”と呼ばれる)が最多でありながら「選挙人」の獲得(通常、”electoral college”と呼ばれる)で負ける現象が起こる最も大きな要因である。
具体的な例で示して!
上記のみではわかりにくいので、直近の大統領選で最多得票者が当選できなかった2016年の結果を見てみよう。
この選挙では、民主党のヒラリー・クリントンが共和党のドナルド・トランプより290万票多く獲得したのに、「選挙人」の戦いにおいて232人対306人で負けた。
次の地図が州ごとの勝者を示している。青がクリントンが勝利した州、赤がトランプが勝利した州、数字がその州に割り当てられている「選挙人」の数である。
(ピンク色のメイン州は「勝者総取り方式」を採用しておらず、クリントンとトランプがそれぞれ「選挙人」を獲得した)
まず、西部にあるカリフォルニア州(California)に注目されたい。人口が最も多い州で、55人の「選挙人」が割り当てられている。クリントンはこの州で427万票もの差をつけてトランプを圧倒した。
次に、東北にあるペンシルベニア州(Pennsylvania)(選挙人20人)および中西部にあるミシガン州(Michigan)(同16人)とウィスコンシン州(Wisconsin)(同10人)に注目されたい。これら州3つともトランプが勝利しており、クリントンとの票の差は4.4万票、1.1万票、2.3万票だった。
これらを比較すると、最多得票者だったクリントンが当選できなかった理由が見えてくる。
クリントンは427万票の差をつけて55人の選挙人を獲得した一方で、トランプはたった8万票の差で46人の選挙人を獲得している。つまり、クリントンがカリフォルニア州で得た票の大半は大統領選での当選になんら貢献しない「無駄な票」になってしまっているのだ。
これはクリントンだけの問題なの?
クリントンの問題というより、民主党の問題である。
上述したとおり、大統領選の仕組み上、「選挙人」の割り当てには大きな一票の格差がある。どれくらいかというと、カリフォルニア州はワイオミング州(Wyoming)の67倍の人口だが、「選挙人」の人数は18倍しかないので、3.7倍の格差がある。
民主党の問題は、同党の牙城が人口が多い街(および州)に集中していることにある。クリントンは、カリフォルニア州に加えて、ニューヨーク市がある東北のニューヨーク州(New York)(選挙人29人)を170万票の差で、シカゴ市がある中西部のイリノイ州(Illinois)(同20人)を95万票の差で快勝しているが、これら人口が多い州は選挙人の1票が軽いので、ここで投票者の票を集めても効率が悪いのだ。
で、この現象を踏まえると、今年の大統領選はどう見ればいいの?
全国的な世論調査を解読する際、ハリスの数字には当選に貢献しない「無駄な票」が一定数含まれていることに留意する必要がある。
ある分析によると、ハリスの全国的な得票率のリードと「選挙人」の戦いで勝利する確率の関係は次のとおりで、ハリスは全国的得票率で2%以上リードしていないと落選する可能性が高い。
ハリスによる全国的得票率のリード | ハリスが「選挙人」の戦いで勝利する確率 |
3〜4% | 81% |
2〜3% | 53% |
1〜2% | 23% |
この現象が今年の大統領選で変わる可能性はないの?
現象の歪さが軽減される可能性はある。理由は、共和党側でも「無駄な票」が増えつつあるからだ。
現在のアメリカの政治は都市部・郊外と農村部の二極化が加速しており、最近の共和党は農村部での票の伸びが顕著に表れている。共和党は農村部が広い州の大半で快勝するので、今の傾向が続くと、大都市がある州での民主党の「無駄な票」と農村部が広い州での共和党の「無駄な票」が相殺し合い、全国的得票率と「選挙人」の戦いの乖離が縮まる。
ただ、それでも共和党が有利であることに留意が必要だ。「選挙人」1人の票に一票の格差があることから、共和党が農村部が多い州で獲得する「選挙人」1人の方が、民主党が都市部が多い州で獲得する「選挙人」1人より価値が高い。