ドナルド・トランプ前大統領とカマラ・ハリス副大統領の討論会が現地時間の明日9月10日(火)に開催される。ここでは、今回の討論会の重要性および見どころについて討論会の歴史と共に解説していく。
一般論として、なんで討論会は重要なの?
大統領選中、共和党と民主党の大統領指名候補が同じ場所で同じ質問に生で答える時は討論会でしかない。
投票者にとっては、政策や理念に関する説明を候補者から直接聞けるだけでなく、身振りを観察しながら候補者の人間性を判断できる機会ともなる。下述のとおり、過去の討論会の有名な瞬間は、候補者のさりげない仕草だったことが多い。
今回の討論会はなんで特に重要なの?
今年の大統領選では、予備選が完了した後に勝者が撤退するという前代未聞のことが起こった。通常、党の指名を受ける大統領候補は予備選の時から討論会に参加しているので、党から正式に指名を受ける頃にはアメリカ国民の間である程度知られている。
ところが、ハリス副大統領はバイデンの撤退により突如(民主党の指名候補どころか)大統領候補になったため、この討論会が多くのアメリカ人へのお披露目となる。本選挙で党の指名候補がここまで知られていないのは最近の大統領選では例がないため、大勢のアメリカ国民が視聴する討論会はハリスにとって極めて重要だ。
ハリスのこれまでの選挙活動も今回の討論会の重要性を増している。ハリスは7週間前に実質民主党の大統領指名候補になって以降、支援者に囲まれた集会でのスピーチは度々行っているものの、マスコミからのインタビューには1度しか応じていない。即興的なやりとりが求められるイベントにほとんど参加してきていない分、今回の討論会で失言などがあれば、これまでのウキウキ感がいっぺんに吹っ飛ぶ可能性がある。
討論会の視聴者は何人くらいなの?
通常、討論会は2~3回行われ、最初が最も視聴率が高い。視聴率ランキングとしては、1回目の討論会が概ねその年最も見られた番組の2位になる。(アメリカで最も見られるテレビ番組は毎年同じで、いつもアメフトの決勝戦であるスーパーボールである)
視聴者数でみると、2020年のバイデンとトランプの1回目の討論会は7310万人、2016年のトランプとクリントンの1回目の討論会は過去最多の8400万人だった。バイデンが撤退するきっかけとなった6月の討論会は5120万人が視聴しており、少なめだったのは民間放送テレビ局ではなくケーブルテレビで放送されたからだろう。なお、どの数字もテレビ視聴者だけを数えているので、ストリーミング等を含めるともっと多い。
トランプはテレビ受けが良いのか、彼が出る討論会は視聴者が多い。史上最も視聴者が多かった5つの討論会のうち、3つがトランプが出ている討論会である。
今回のハリスとバイデンの討論会は民間放送テレビ局で放送され、ハリスのお披露目となり、トランプも出るので、記録的な視聴率になっても不思議ではない。
討論会では何が注目されるの?
良くも悪くもトランプはアメリカ国民に広く知られているので、大半の関心はハリスになるはずだ。
ハリスのこれまでの選挙活動はもっぱら雰囲気と空気ばかりで中身がないというのが一般的な評価である。ハリスは、リベラルな候補として出馬していた2020年の大統領選と今回の大統領選で少なくとも9つの政策が異なっていることについてほとんど説明してきておらず、討論会ではトランプにこの点を追及されることが想定される。
また、ハリスは以前から不明瞭で支離滅裂な発言で物議を醸しており、討論会でハリスのワードサラダが再登場するかも注目される。
トランプとしては、女性かつ黒人であるハリスに対する個人攻撃を避け、ハリスの矛盾した政治的な立場を追求することができるかに注目が集まっている。
さらに、トランプは事実と異なる発言を連発させることで有名だが、1回目の討論会ではそういった多数の発言についてバイデンはほとんど反論しなかった。元検事だったハリスがトランプの嘘の発言を見過ごすはずがなく、トランプが彼女の追及にどう反応するかも関心を引く。
討論会はどのような形式なの?
討論会は最大の激戦州であるペンシルベニア州のピッツバーグ市(Pittsburgh)で開催され、90分間が予定されている。ルールは次の通りで、概ねバイデンとトランプの討論会と同様である。
- 司会者はアメリカの民間放送テレビ局ABCのニュースキャスター2名
- トランプ、ハリスそれぞれが演壇の後ろに立つ(コイン投げにより、ハリスが視聴者から見た右になる)
- 司会者からの質問に対して各候補者が2分以内に回答する
- 2分以内の反論が認められる
- 更なるやりとりは1分以内で認められる
- 発言の番ではない候補者のマイクはミュートされる
- メモを取ることは認められるが、メモを持ち込むことは認められない
- 質問は事前に共有されない
- 観客はいない
- 2回のCMが入る
発言の番ではない候補者のマイクがミュートされるルールについては、陣営の間で若干揉めた。
ハリス陣営はマイクをミュートしないことを求め、トランプはそれなら討論会に参加しないと脅した。トランプとしては、前回の討論会でマイクがミュートされることで他人の発言を遮る癖が抑制され、バイデンに話させて自滅させたことに成功したので、今回もハリスのワードサラダが現れることに期待している節がある。ハリスとしては、トランプの暴言をさらけ出したかった思われるが、結局は前回のルールを踏襲することに同意した。
なお、過去の討論会では、候補者が司会者を囲む形で同じテーブルに座る対談スタイルや、まだ投票先を決めてない観客が候補者に直接質問をするタウンホールスタイルも活用されたが、今回は最も伝統的な演壇の後ろに立つ設定が採用された。
討論会にトランプとハリス以外は参加しないの?
理論上は他の政党や無所属の候補者も参加できたが、結果的にハリスとトランプだけになった。
アメリカの連邦選挙委員会は、討論会の主催者に対して参加基準を明示的に示すことを求めている。ABCは今回の討論会において、少なくとも4つ世論調査で支持率が全国的に15%を超えていることを参加要件として挙げ、この要件を満たせる候補が他にいなかった。
他に討論会は予定されてるの?
今のところ、討論会は今回の1回しか予定されていない。トランプは8月の上旬に9月4日と25日に別のテレビ局主催で討論することを提案したが、ハリスは応じなかった。
今回の討論会でのハリスの出来によっては彼女が25日の討論会に応じる可能性が残っているが、タイミングからして討論会はこの1回になるだろう。
討論会は大統領選にどれほどの影響を及ぼすの?
従来は、多くの視聴者が見てマスコミが注目する割には、討論会が大統領選で決定的な役割を果たすことは珍しいと言われていた。もちろん、今年6月の討論会の結果バイデンが撤退することになったことで、「討論会は大統領選に影響を及ぼさない」と言われることはなくなるだろう。
今回の討論会が前回のようなインパクトを残すことはありえないが、ある調査によると、約60%の投票者がどの大統領候補に投票するかを決めるに当たって討論会をある程度参考にしている。
ハリスはアメリカ国内でもあまり知られてないことを踏まえると、この討論会を参考にする投票者が通常より多くなるかもしれない。
過去の討論会の有名な瞬間は?
大統領候補の討論会は1960年にジョン・F・ケネディとリチャード・ニクソン副大統領の間で初めて実施され、1976年に復帰して以降毎回行われてきている。その歴史の中で必ずと言っていいほど挙げられる「有名な瞬間」が次である。もちろん、今後は今年6月の討論会が史上最も有名な討論会となるだろう。
- 1960年〜クールだったケネディと汗だくだったニクソンの対照がケネディの若さを印象付けた
- 1976年〜冷戦の真っ最中、フォード大統領はポーランド等の東ヨーロッパ諸国がソ連の支配下にあるわけではないと主張し、それを聞いてたまげた司会者に趣旨を確認された
- 1984年〜高齢が懸念されていたレーガン大統領は、民主党指名候補だったモンデール元副大統領までもを笑わせる冗談でこの課題を投票日まで封印させた
- 1988年〜司会者から「奥さんがレイプされた後に殺害されたら、加害者に対して死刑を求めますか」と聞かれた民主党指名候補でマサチューセッツ州知事だったマイケル・デュカキスは、無感情で事務的な回答をしたことで冷淡な印象を裏付けた
- 1992年〜ジョージ・H・W・ブッシュ大統領は、観客が質問している最中に、まるでそこにいたくないように腕時計で時間を確認した
- 2000年〜民主党指名候補だったアル・ゴア副大統領は、共和党指名候補だったジョージ・W ・ブッシュ テキサス州知事が発言するたびにため息を吐き、傲慢のイメージを確実なものにした
- 2020年〜トランプ大統領はバイデンが発言するたびに何度も中断し、しびれを切らしたバイデンが「君、黙ってくれないか?(Will you shut up, man?)」と視聴者を代弁した
副大統領候補の討論会はあるの?
共和党のJ・D・バンス副大統領指名候補と民主党のティム・ワルツ副大統領指名候補の討論会は現地時間の10月1日(火)に民間放送テレビ局CBSの主催で予定されている。
通常、副大統領指名候補の討論会の視聴率は大統領候補討論会より低い。唯一の例外は、ほぼ無名だったアラスカ州知事のサラ・パイリンが共和党の副大統領候補に指名され注目を浴びていた2008年の討論会である。