今年の大統領選の最も重要な激戦州であるペンシルベニア州。ここでは、なぜこの州が重要なのか、なぜ(オバマとトランプが勝利した)「転換郡」とフィラデルフィア市およびその郊外、そしてアレゲニー郡が同州の中で注目されるかについて、2020年と2016年の大統領選のデータをベースに解説して行く。なお、同じく激戦州のウィスコンシン州とミシガン州の分析はこちらとこちらを参照されたい。
直近の大統領選ではどちらの党がペンシルベニア州で勝利してるの?
2020年は民主党のジョウ・バイデンが8.1万票の差で、2016年は共和党のドナルド・トランプが4.4万票の差で勝利している。それ以前の大統領選では、バラク・オバマを含めた民主党候補が1992年以降6連勝していた。このため、この州は民主党寄りとみられており、2016年のトランプの勝利は驚きだった。
ペンシルベニア州はなぜ今回の大統領選で最も重要なの?
アメリカ大統領選は州ごとに割り当てられている「選挙人」の奪い合いで、今回の7つの激戦州の中で最も選挙人が多いのがペンシルベニア州の19人である。ペンシルベニア州を勝利した候補が次期大統領になる可能性が極めて高い。
これだけでもペンシルベニア州は十分重要なのだが、同州は大都市のフィラデルフィア市と都市のピッツバーグ市の他、広大な農村地にも多くの人が住んでおり、この構図はアメリカ全国を凝縮している。
ペンシルベニア州ではどの地域が重要なの?
特に注目されているのは4つある。
1つ目は民主党のバラク・オバマが2008年と2012年に2回勝利し、トランプが2016年に勝利した郡(county)だ。全国的に3150ある郡の内、転換郡(”pivot counties”)とも呼ばれるこれら郡は206あり、オバマとトランプといったまったく異なるタイプの候補者が勝者になっていることから2016年のトランプ当選の象徴となった。転換郡の中でも2020年にバイデンがトランプから奪い返した郡は振り子のように勝者が変わっていることからブーメラン郡(boomerang counties)と呼ばれ、全国的に25しかなく、その内の2つがペンシルベニア州に所在する。
2つ目は、2020年にバイデンの勝利の鍵となったフィラデルフィア市の郊外だ。2020年にこの地域で投票率が上がり、バイデンの得票率も上がったことが、バイデンがペンシルベニア州で勝利できたことに大きく貢献した。
3つ目は、民主党にとって大票田の地域であるもののバイデンの得票率がクリントンより低くかったフィラデルフィア郡(Philadelphia County)だ。
4つ目は、民主党にとって2番目の大票田の地域であるアレゲニー郡(Allegheny County)だ。
ペンシルベニア州の郡レベルの投票結果は?
2020年大統領選におけるペンシルベニア州の投票結果を郡レベル(counties)で見てみると、以下のようになる。赤がトランプが勝利した郡、青およびピンク色がバイデンが勝利した郡である。
民主党の票は大都市のフィラデルフィア市が所在するフィラデルフィア郡とその周辺、そして2番目に人口が多いピッツバーグ市が所在するアレゲニー郡(Alleghany County)に集中しており、その他農村部は基本すべて共和党の票であることが分かる。
30年以上も前、有名な選挙戦略家ジェームズ・カーヴァイル(James Carville)はペンシルベニア州について「パオリ市とペンヒルズ市とその間のアラバマ州(”Paoli and Penn Hills with Alabama in between”」と表現したが、その理由がこの現象である。
(パオリはチェスター郡に所在するフィラデルフィア市の郊外の街、ペン・ヒルズ市はアレゲニー郡に所在するピッツバーグ市の郊外の街、アラバマ州は南部にある主に農村部の州である)
転換郡はどこにあり、今回の大統領選ではどの点が注目されるの?
特に重要なのが、上記の地図でピンク色になっているノーサンプトン郡(Northampton County)とエリー郡(Erie County)だ。これらはブーメラン郡であり、直近4回の大統領選ではここで勝利した候補が大統領選で当選しているので、今回も大統領選の行方を予知する郡として注目される。
ノーサンプトン郡とエリー郡は性質が異なる。
ノースハンプトン郡は、東が都市部で、西に行くにつれて郊外、農村部となって行く。ペンシルベニア州、ひいてはアメリカ全国の多様性を凝縮したような郡であるため、今回の大統領選でも全国的な傾向を見出すのに参考になる。
エリー郡は白人労働層が多い。組合員である彼らは従来は民主党の支持基盤だったが、トランプが台頭してからの共和党は彼らの票に食い込んでいる。カマラ・ハリスはバイデンよりリベラルと思われていることから、ハリスが白人労働者の間で苦戦するとなると、今回の大統領選でエリー郡がトランプの勝利に戻る可能性がある。
東北にあるルザーン郡(Luzerne County)も転換郡だが、ここでは2008年と2012年にオバマ、2016年にトランプが勝利した後、2020年もトランプが勝利した。2016年はクリントンが得票率で19.6%、投票数で2.6万票の差で負け、2020年はバイデンが得票率で14.4%、投票数で2.2万票の差で負けた。オバマが2度勝利できたこの群でハリスが今回どこまでトランプに食い込めるか注目される。
郊外の地域はどこにあり、今回の大統領選ではどの点が注目されるの?
東南にあるバックス郡(Bucks County)とチェスター郡(Chester County)はフィラデルフィア市の郊外であり、従来は共和党が勝利してもおかしくない郡であったが、郊外に住む大卒かつ高所得の白人層にトランプの差別的な言動は受けが悪く、特にチェスター郡での共和党の票の失い方は著しい。
従来から民主党寄りだったモントゴメリー郡(Montgomery County)とデラウェア群(Delaware County)も加えたフィラデルフィア市郊外の4つ郡における2020年と2016年の結果を比較すると、バイデンがクリントンのリードを大きく広げていることがわかる。
クリントンのリード | バイデンのリード | リードの拡大値 | |
バックス郡 | 0.3万 | 1.7万 | 1.4万 |
モントゴメリー郡 | 9.3万 | 13.4万 | 4.1万 |
チェスター郡 | 2.6万 | 5.4万 | 2.8万 |
デラウェア郡 | 6.7万 | 8.8万 | 2.1万 |
合計 | 18.9万 | 29.3万 | 10.4万 |
2016年の大統領選ではトランプが4.4万票の差でペンシルベニ州で勝利したが、この4つの郡でバイデンは10.4万票も増やしており、同州をバイデンがひっくり返すには十分だった。
バイデンのリードの伸びは得票率と投票率双方の向上による総合効果であることに注目されたい。バイデンはこの4つの郡でクリントンの得票率を上回ったが、2020年の投票総数が2016年と同様であったと仮定した場合、バイデンのリードは以下になる。
クリントンのリード | バイデンのリード | リードの拡大値 | |
バックス郡 | 0.3万 | 1.5万 | 1.2万 |
モントゴメリー郡 | 9.3万 | 11.0万 | 1.7万 |
チェスター郡 | 2.6万 | 4.4万 | 1.8万 |
デラウェア郡 | 6.7万 | 7.7万 | 1.0万 |
合計 | 18.9万 | 24.6万 | 5.7万 |
得票率の向上のみでは5.7万票しか増やせず、2020年の結果はずっと近くなっていた。この4つの郡は今年の選挙でもハリスの勝利の鍵となるが、前回と同様、得票率のみならず投票率も注目される。
フィラデルフィア郡については、今回の大統領選でどの点が注目されるの?
民主党にとって大票田であるフィラデルフィア郡(Philadelphia County)では、バイデンが得票率を下げトランプが得票率を上げたため、バイデンのリードはクリントンのリードより小さかった。
クリントンのリード | バイデンのリード | リードの拡大値 |
47.5万 | 47.0万 | -0.5万 |
2020年の投票総数が2016年と同様であったと仮定した場合、バイデンのリードはもっと縮小していた。
クリントンのリード | バイデンのリード | リードの拡大値 |
47.5万 | 44.0万 | -3.5万 |
今年の選挙では、フィラデルフィア郡においてハリスがバイデンより得票率を伸ばせるかが注目されるが、投票率も無視できない。
アレゲニー郡については、今回の大統領選でどの点が注目されるの?
民主党にとって2つ目の大票田であるアレゲニー郡(Allegheny County)では、バイデンがクリントンのリードを大きく広げた。
クリントンのリード | バイデンのリード | リードの拡大値 |
10.6万 | 14.7万 | 4.1万 |
もっとも、他の地域と同様、2020年の投票総数が2016年と同様であったと仮定した場合、バイデンのリードの伸びはもっと小さかった。
クリントンのリード | バイデンのリード | リードの拡大値 |
10.6万 | 12.7万 | 2.1万 |
2016年の大統領選ではトランプが4.4万票の差でペンシルベニ州で勝利した。2020年に投票率が上がっていなければ、バイデンはアレゲーニー郡で2.1万票、上述した郊外の4つの郡で5.7万票増やしながら、フィラデルフィア郡で3.5万票減らしたので、同州でバイデンが勝てていたか微妙だった。
改めて、今年の選挙での投票率の重要性がわかる。
他にも注目される郡はあるの?
東北にあるラッカワナ郡(Lackawanna County)も注目に値する。
ラッカワナ郡はバイデンが生まれ育ったスクラントン市(Scranton)が所在する郡で、白人労働者が多い。民主党が強いこの地域で、クリントンはトランプに得票率で3.4%、投票数で0.3万票の差まで追い上げられたが、バイデンは得票率で8.4%、投票数で1.0万票の差に広げた。
今年の選挙でも民主党がラッカワナ郡で勝利する可能性が高いが、ハリスがどこまで差をつけられるかが、ハリスの白人労働層での受けを判断するのに参考になる。