ドナルド・トランプ次期大統領は選挙前に4つの刑事事件の被告人だったが、大統領選で勝利したことで、いずれの事件においても法的責任を問われることがなくなった。その理由と背景について解説していく。
トランプはどのような刑事事件に巻き込まれてたの?
4つの刑事事件の概要は次のとおりである。詳細はリンク先の解説を参照されたい。
起訴内容 | 起訴日 | 大統領選時点での状況 | 裁判所 |
①トランプの会社が間接的に元ポルノ女優に支払った口止め料について、当会社は虚偽的に「弁護士費用」として処理した | 2023年3月 | 有罪評決 | ニューヨーク州裁判所 |
②2021年大統領退任の際、トランプは政府の機密文書を持ち出した | 2023年6月 | 係争中 | 連邦裁判所 |
③2020年大統領選で敗れたにも関わらず、トランプは選挙の結果を覆そうとした | 2023年8月 | 係争中 | 連邦裁判所 |
④2020年大統領選においてジョージア州で敗北したにもかかわらず、トランプは同州の結果を覆そうと集計作業に介入した | 2023年8月 | 係争中 | ジョージア州裁判所 |
簡潔に纏めると、4つの事件はどうなったの/どうなるの?
重要な背景として、アメリカ連邦最高裁は2024年7月、大統領の”公務上の正式な行為”(official acts)には絶対的又は推定的な大統領免責特権が適用され、原則として当該行為について大統領は退任後も刑事責任は問われないという歴史的な判決を下した。そして、2024年11月の大統領選ではトランプが勝利した。
つまり、現在のトランプには、元大統領に与えられる大統領免責特権が適用され、大統領選で勝利した次期大統領としての立場がある。
この事実を踏まえると、トランプはどの事件でも実質不問になることが確実だ。具体的には
- 「① 口止め料違法処理事件」では有罪評決が出ていたが、評決が覆される可能性がある
- 「② 機密文書持ち出し事件」と「③ 選挙結果覆し事件」では既に検察側が起訴を取り消したので、事件自体が終了した
- 「④ 集計作業介入事件」では、このまま起訴が取り消されるか却下される可能性が高い
それぞれ詳細を解説する。
①口止め料違法処理事件は今後どうなるの?
この事件でトランプは2024年5月に有罪評決を受け、それ以降量刑の判断を待つのみだったが、大統領選に勝利したことでトランプが懲役の刑を受ける可能性はなくなった。
当初7月に予定されていた量刑を決める量刑審問の期日は、連邦最高裁の大統領免責特権に関する判決が下されるとその影響を判断するために9月まで延期され、9月に入ると大統領選の結果を待つために11月中旬まで延期され、大統領選でのトランプの勝利が決まると無期限延期された。
選挙後、トランプ側は大統領免責特権の適用と次期大統領の立場を踏まえ有罪評決を覆すべきだと主張し、検察側はトランプ政権の2期目が終了するのを待ってでも量刑を下すべきだと主張している。
2期目満了時点で起訴から6年近く経つことになるので、それまで量刑が決まらないとは考えにくい。他方、裁判官としてこの事件を放置するわけにもいかない。
落としどころとして、裁判官はトランプに対して社会奉仕活動(community service)といったほぼ形式的な刑を下すか、有罪評決を覆すことで終了をはかるだろう。
なお、こちらで解説したとおり、この事件はニューヨーク州の検察が起訴したので、トランプは大統領権限を使って自分を恩赦することができない。
②機密文書持ち出し事件と③選挙結果覆し事件はどうなったの?
いずれも検察側が起訴を取り消したので、事件は終了した。
この事件は連邦政府の検察官が起訴したが、アメリカ司法省には現職大統領を起訴できないという内規があり、大統領選後これは大統領選で勝利した次期大統領にも適用されると省内で解釈されたため、担当検察官は2つとも起訴を取り消さざるを得なかった。
担当検察官は嫌疑不十分だったわけではないことを強調したが、結果としてトランプが不問になることには変わりない。
なお、担当検察官にはこの事件に関する報告書を提出することが義務付けられている。その報告書の中で、これら事件においてどれほどトランプに対する証拠があったか明確になる可能性がある。
④選挙結果覆し事件は今後どうなるの?
検察が起訴を取り消すか、裁判所が却下し、評決まで進むことはないだろう。
ジョージア州では首席検察官が公選で選ばれるが、トランプを起訴した首席検察官はトランプと同じく再選した。選挙後、彼女は起訴を継続するか明言しなかったものの、あくまで1つの州に過ぎないジョージア州が連邦政府のトップである大統領に対して法的責任を問うことは現実的ではない。
検察、裁判所のどちらがアクションを起こすかわからないが、終了せざるを得ないことは間違いない。
なお、こちらで解説したとおり、この事件はジョージア州の検察が起訴したので、トランプは大統領権限を使って自分を恩赦することができない。
トランプが刑事責任を問われるシナリオはあり得たの?
トランプが②機密文書持ち出し事件と③選挙結果覆し事件でもっと早くに起訴されていれば、状況は異なっていたかもしれない。
これら事件は連邦政府の検察官が起訴したが、元大統領が起訴の対象となることから、独自性が担保されている特別検察官(”special prosecutor”)が任命される必要があった。
司法長官が特別検察官を任命したのが2022年11月で、特別検察官が2つの事件の起訴状を提出したのが2023年6月と8月。このとき既に2024年11月の大統領選まで1年半を切っており、選挙前に評決が出て量刑が決まる可能性は皆無だった。
2021年3月に就任したメリック・ガーランド(Merrick Garland)司法長官がなぜ特別検察官を任命するのに2年近くかかったのか、未だ納得のいく説明はない。
ガーランドが就任直後に特別検察官を任命していれば遅くとも2022年11月までにトランプが起訴され、大統領選前に量刑まで下されていた可能性が高い。
連邦政府がもっと早くに動いていればニューヨーク州もジョージア州も連邦政府に任せていたかもしれず、トランプが刑事責任を逃れた要因はガーランドにあると言っても大げさではない。