ニューヨーク州司法長官レティシア・ジェイムズ起訴の失敗〜司法がトランプ政権にかけた歯止めの背景〜

ニューヨーク州司法長官レティシア・ジェイムズ起訴の失敗〜司法がトランプ政権にかけた歯止めの背景〜

トランプ政権は2025年10月にニューヨーク州司法長官レティシア・ジェイムズ(Letitia James)を起訴したが、連邦裁判所は11月下旬に起訴を却下し、連邦地検は12月上旬にジェイムズを再度起訴することに2度失敗した。ここでは、ジェイムズ事件のこれまでの経緯、ジェイムズに対する起訴が却下された理由、ジェイムズが今後起訴される可能性、そしてドナルド・トランプ大統領への影響などについて解説していく。

ジェイムズ事件はどのような経緯で起こり、最近、何が起こったの?

この事件は、2022年にジェイムズがトランプ大統領に対して民事訴訟を起こし、トランプの反感を買ったことに端を発する。トランプが大統領に就任した後、ジェイムズは住宅ローンを巡った銀行詐欺と金融機関への虚偽陳述の容疑で起訴された

起訴に至るまで異様な経緯を辿っており、バージニア州東部地区連邦地検に所属するキャリア職の検事らは、ジェイムズを起訴するだけの十分な証拠がないとして、起訴に反対した。そこで、ジェイムズが起訴されないことに不満を持ったトランプ大統領は当地検のトップである連邦検事長官(U.S. Attorney)を解任し、後任として、彼の個人的な弁護士であるリンジー・ハリガン(Lindsey Halligan)を指名した。

ハリガンは指名された直後の2025年10月9日(現地時間)に、ジェイムズの起訴に踏み切った。起訴状は、キャリア検事の署名を伴わず、ハリガン本人のみの署名によって提出された。連邦検事長官自らが起訴状を提出するのは極めて異例であり、キャリア検事の賛同を得られなかった可能性が高い。

その後、2025年11月24日(現地時間)に連邦第一審裁判所はジェイムズに対する起訴を却下した。連邦地検は12月5日(現地時間)と12月12日(現地時間)に再度ジェイムズを起訴しようとしたが、大陪審(grand jury)の承認を得られなかった。

裁判所はなぜジェイムズに対する起訴を却下したの?

トランプ大統領にはハリガンを任命する権限がなかったと判断したからだ。

連邦検事長官は、原則として、大統領が指名し、上院の承認を得て任命される必要がある。欠員が発生した場合、大統領には代理(acting)を任命する権限があるが、連邦法は大統領が任命した代理が連邦検事長官を務められるのは欠員が発生した120日以内に限定しており、それ以降は、連邦第一審裁判所が任命する代理が連邦検事長官を務める必要があると定められている。

連邦検事長官は政治任用職なので、政権が変わると辞表を提出するのが慣例だ。そのため、2025年1月20日にジョウ・バイデン大統領が退任すると、彼が指名し上院が承認していた連邦検事長官も辞任した。

翌日、トランプ大統領はエリック・シーベルト(Erik Siebert)を代理として任命。2025年5月、120日の期間が満了することに伴い、連邦第一審裁判所はシーベルトを連邦検事長官代理に再任命した。

2025年9月、トランプの圧力に屈してシーベルトが辞任。3日後、トランプ大統領は連邦検事長官代理としてハリガンを任命した。

裁判所は、この任命が120日の期間外であったため、違法であると判断した。また、連邦検事長官の資格がない者の行為は無効であるとし、ジェイムズの起訴を却下した。

大陪審とはどのような制度で、起訴が承認されないのはどれほど珍しいの?

アメリカ連邦憲法上、アメリカ連邦政府が重大な刑事事件(felony)において起訴する場合、検察側が大陪審に証拠を提示して起訴を承認してもらう必要がある。ただ、大陪審制度には、検察側に有利とされる次のような特徴がある。

  • 被疑者側の弁護人は関与しない
  • 検察側のみが証拠を提示できる
  • 起訴基準は「起訴に足る蓋然性(probable cause)があるか」にとどまる

このため、起訴に対して大陪審の承認を得るハードルは極めて低く、「大陪審はハムサンドの起訴でも認める」と揶揄されている。

このような制度であるにもかかわらず、ジェイムズの件では起訴が認められなかった。データは乏しいが、2010年に検察側が提出した16万超の起訴状のうち、大陪審が拒否したのは11件のみ。その後15年間で状況が大きく変化したとは考えにくく、大陪審が2回もジェイムズの起訴を拒否したことがどれほど異例であるかを示している。

今後、ジェイムズが起訴される可能性は?

理論上、検察は何度でも大陪審にジェイムズの起訴を求めることが可能だが、これまでの経緯を踏まえると、検察は起訴を断念すると見られている。

当初の起訴を主導したものの任命が無効と判断されたハリガンは、連邦検事長官として正式にトランプ大統領に指名され、連邦上院の承認を待っている状態である。ただ、上院には、(所属する政党に関わらず)地検が所属する州から選出されている上院議員2名の承認がないと、連邦検事長官の指名は本会議で審議されないとする慣例がある。バージニア州選出の議員は両方ともハリガンに否定的であることから、ハリガンの指名は拒否される可能性が高いと見られている。

ハリガンが就任できなければ、ジェイムズの起訴が強行される可能性は低くなる。

ジェイムズ事件のトランプ政権への影響は?

ジェイムズの起訴はトランプ大統領本人の強い要望に基づくものであったが、司法の仕組みがそれに歯止めをかけた形となり、トランプ政権にとっては打撃である。

この数ヶ月間、トランプ政権は度々政治的な敗北を経験している。11月上旬にはニュージャージー州とバージニア州の知事選で共和党が大敗し、11月下旬にはエプスタイン・ファイルの公開をめぐって共和党の議員が反旗を翻した。12月に入ってからは、連邦下院の補選で共和党が大きく苦戦している

トランプ大統領がジェイムズの起訴に特にこだわっていたことから、ジェイムズを起訴できなかったことは、トランプ大統領の求心力をさらに弱める結果になったと見る向きが多い。

ジェイムズ事件の日本および日本企業への影響は?

アメリカにおける司法の独立性がトランプ政権の下でも実際に機能していることが示された点は、特にアメリカで事業展開する日本企業にとって一定の安心材料となる。

もっとも、トランプ政権がジェイムズの起訴をまだ正式に諦めていないことは、引き続きトランプ政権下では政治的対立が刑事司法の領域に持ち込まれる可能性があることを示している。これは、日本企業が政治的に敏感な問題を巡って思わぬ形で捜査や訴追に巻き込まれるリスクが潜んでいることを意味する。

ジェイムズ事件のジェームズ・コミー(James Comey)元FBI長官起訴への影響は?

コミーはジェイムズと同時期にトランプ政権に起訴されていたが、コミーに対する起訴は、ジェイムズの事件と同日かつ同じ理由で裁判所により却下された。だが、ジェイムズと異なり、検察側は未だコミーに対して再度起訴することを試みていない。

その理由として、コミーの事件では時効が成立していることが考えられる。元々、コミーは時効が成立する5日前の9月25日(現地時間)に起訴されており、11月に起訴が却下された時点で、時効期限が過ぎている。

ジェイムズ事件のジョン・ボルトン(John Bolton)元国家安全保障担当補佐官起訴への影響は?

ボルトンはジェイムズやコミーと同時期にトランプ政権に起訴されていたが、ボルトンの事件はジェイムズやコミーの事件と異なり却下されておらず、今後却下される可能性も低い。

ボルトンの事件が異なる理由は2つある。

まず、ボルトンに対する起訴状は、キャリア職の検察に署名されている。よって、無効な連邦検事長官代理の任命が問題になることはない。

また、そもそもボルトンの事件は十分な証拠に基づき、検察内の通常の手続きに則って起訴に至っている。政治的な理由のみで起訴されたと考えられているジェイムズやコミーの事件とは事情が大きく異なる。

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