日本製鉄によるUSスチールの買収条件〜今後アメリカの政治に振り回されかねない実質の「国有化」?〜

日本製鉄によるUSスチールの買収条件〜今後アメリカの政治に振り回されかねない実質の「国有化」?〜

2025年6月、ドナルド・トランプ大統領は日本製鉄によるUSスチールの買収を承認し、取引が成立した。ここでは、アメリカ政府が課した製品価格設定・調達戦略変更・賃金減額等への制約が今後USスチールの経営にどのような影響を及ぼすかについて解説し、政治的な理由から買収は成立しないとの予測がなぜ外れたのかについて振り返る。

買収が成立するまで何があったの?

買収成立までの経緯を時系列でおさらいする。(日付はすべてアメリカの現地時間)

  • 2023年12月〜日本製鉄がUSスチール社(US Steel)の買収を発表
  • 2024年2月〜共和党のトランプ大統領指名候補が買収への反対を表明
  • 2024年3月〜大統領選出馬中だった民主党のバイデン前大統領が買収への反対を表明
  • 2024年9月〜バイデン前大統領に代わって民主党の大統領指名候補になったカマラ・ハリス副大統領(Kamala Harris)が買収への反対を表明
  • 2024年11月〜大統領選でトランプが勝利
  • 2025年1月3日〜バイデン前大統領が買収を正式に拒否
  • 2025年1月20日〜トランプ大統領就任
  • 2025年2月8日〜トランプ大統領は、日本製鉄がUSスチールを買収する代わりに「多額の投資」を行うと発表
  • 2025年6月13日〜トランプ大統領は、アメリカ政府がUSスチールの「黄金株(Golden Shares)」を保有し日本製鉄がアメリカ政府と国家安全保障協定(”National Security Agreement”)を締結することを条件に買収を承認
  • 2025年6月18日〜日本製鉄がUSスチールの普通株式をすべて取得し、取引が成立

日本製鉄はアメリカ政府にどのような権利を与えたの?

アメリカ政府が有する権利はUSスチールが証券取引委員会(Securities and Exchange Commission)に届け出た定款に規定されており、USスチールが以下を行う際はアメリカ政府の承認が必要となる。

  • 本社をペンシルベニア州ピッツバーグ市から移転すること
  • 社名を変更すること
  • アメリカ国外へ法人格を改組すること
  • 1拠点を2027年6月前に閉鎖すること
  • 14拠点を2035年6月前に閉鎖すること
  • 社員基本給を2030年6月前に減額すること
  • U.S.ミッドウエスト国内熱延コイル鋼材指数(U.S. Midwest Domestic Hot-Rolled Coil Steel Index)の85%を下回る製品価格を設定すること
  • 原材料や鉄鋼に関する調達戦略を変更すること
  • USスチールやサプライヤーと競合するアメリカ企業の大型買収を実施すること
  • 日本政府から直接的な資金援助を受けること
  • 輸出入に関するアメリカ政府の方針に従わないこと
  • 日本製鉄からの108億ドル(約1.5兆円)の投資を削減・放棄・遅延すること

投資に関しては細かく規定されており、特定されている6拠点に対して2025年から2028年にかけて具体的な金額を投入することが日本製鉄には求められている。

日本製鉄はアメリカ政府にどのような人事権を与えたの?

投資家向けの資料によると、USスチールの人事には次の制約がある

  • アメリカ政府が独立取締役を1名任命
  • 日本製鉄が任命する独立取締役2名についてアメリカ政府が拒否権を保有
  • 取締役過半数がアメリカ国籍
  • 最高経営責任者(CEO)、最高財務責任者(CFO)、ゼネラルカウンセル(法務部最高責任者、General Counsel)、生産・原材料調達担当役員(Senior VP with responsibility for production, manufacturing, and raw materials supply)のいずれもがアメリカ国籍

アメリカ政府に与えられた権利には有効期限があるの?

定款上、拠点の閉鎖、基本給の減額、USスチールへの投資以外については期限が定められておらず、アメリカ政府はトランプ政権後も無期限に権利を有する。

なお、拒否権はトランプ個人が保有しており、トランプ退任後は連邦財務省(U.S. Department of Treasury)および連邦商務省(US Department of Commerce)が保有する。

そもそも「黄金株」って何?

「黄金株」は国有企業の民営化に伴い国家が一定の権限を留保することを目的に、1980年から1990年にかけてイギリスを中心に欧州で頻繁に活用された。よって、「黄金株」は「国有企業」と深く関連している概念である。

なお、アメリカ政府がアメリカ企業の買収に関して黄金株の保有を条件としたのは本件が初めてとなる。

日本製鉄が合意したUSスチールに関する制約はどのように評価すればよいの?

日本製鉄としては、本社移転や社名変更といった形式的な制約について特段懸念はなく、取締役や経営陣をアメリカ国籍の者にすることについても大きな異論はなかっただろうと思われる。

他方、生産拠点や社員の賃金、価格設定や調達戦略を決められることは民間企業の経営の根本であり、これらに対する制約について合意するのは容易ではなかったと思われる。また、長期的に見ると、大型買収を制約されることは成長戦略に影響を及ぼしかねず、日本政府から資金援助を受けられないことは経営困難に陥った際の選択肢を狭めかねない。

「国有化」と表現しても過言ではない条件を受け入れてでも日本製鉄がUSスチールを買収する価値があったのか、今後厳しく問われそうだ。

成立しないと考えられていた取引が成立した理由はなぜ?

このサイトでは最初から最後までこの案件は成立しないと断言しており、その予測は外れた。

その最大の理由は、「取引」や「駆け引き」を好むトランプの性格が政治的な要素より強かったからだと考えられる。

また、日本製鉄においては、USスチールに契約上支払うことが求められていた5億650万ドル(約800億円)の解約金の減額を交渉するより、141億ドル(約2兆円)の買収額に加え108億ドル(約1.5兆円)の追加投資を約束し、大幅な経営上の制約が課されてでもUSスチールを買収する方がメリットが大きいと判断したことは、経済的合理性の観点で想定外だった。

取引を好むトランプ大統領となんとしてでも取引を成立させたい日本製鉄の経済的な意向が一致したことが、政治的要素を重視した予測が外れた理由と言える。

今後、アメリカの政治は日本製鉄にどのような影響を及ぼすと考えられるの?

日本製鉄はUSスチールの経営について恒久的なアメリカ政府の介入を認めており、結果、アメリカの政治に振り回されてしまうリスクは小さくない。

以前解説した通り、USスチールの本社があるピッツバーグ市の住民の多くは白人労働者であり、従来から組合員が支持基盤である民主党と、トランプ台頭以降白人労働層に魅力的な政策を打ち出している共和党が、彼らの票に対する熾烈な奪い合いを繰り広げている。

当面は白人労働者の票を巡った両党の戦いが続くと思われ、それが特に注目される大型選挙の年は、日本製鉄がUSスチールの経営に関してアメリカ政府の協力を求めてもすんなりいかない可能性が高まる。

アメリカでは2年ごと(具体的には偶数の年)に大統領選中間選挙が実施されるので、日本製鉄はUSスチールの経営において常にアメリカの政治の情勢を意識しておく必要があるだろう。日本企業としては、これは決して簡単なことではない。

0
0

コメントを残す