最近のアメリカ連邦最高裁は、透明性を欠いた形で事件を処理する「シャドウ・ドケット」を多用するようになっている。ここでは、「シャドウ・ドケット」ではどのように事件が処理されるのか、通常の事件の処理の仕方である「メリッツ・ドケット」とどう異なるのか、なぜトランプ政権によって「シャドウ・ドケット」への注目が高まっているのか、そして「シャドウ・ドケット」がどのように下級裁判所を困らせているのか等について解説していく。
「シャドウ・ドケット」とはなに?
「陰の事件の一覧表」を意味する「シャドウ・ドケット(shadow docket)」とは、通常行われる公開の口頭弁論や詳細な意見書を伴わず、連邦最高裁が緊急に判断を下したり仮処分を出す事件を指す。
アメリカでは死刑執行の時期が事前に知らされるが、「シャドウ・ドケット」の典型例は直前に死刑の執行の停止を求める申請である。また、下級裁判所が差止命令(injunction)を出した場合、それを不服とした当事者は「シャドウ・ドケット」を通じて差止めの解除を求めることができる。
さらに、「シャドウ・ドケット」は書類提出の期限を延長するなど手続的な面で活用されることが多い。
「シャドウ・ドケット」は通常の「メリッツ・ドケット」とどう異なるの?
「シャドウ・ドケット」が迅速さを重視した非公開の判断であるのに対し、「メリッツ・ドケット(merits docket)」は時間をかけて審理する公開裁判の性質を持つ。
「本質的な事件の一覧表」を意味する「メリッツ・ドケット」は連邦最高裁が取り扱う事件の主流であり、通常は以下の流れに沿って処理される。
- 第一審裁判所で判決が出る
- 控訴裁判所に控訴され、判決が出る
- 最高裁に上告され、最高裁が上告を受理するか却下するかを判断する
- 受理されたら、当事者や第三者が最高裁に意見書を提出する
- 最高裁で口頭弁論が行われ、公の場で最高裁判官が代理人に質問する
- 多数意見・補足意見・反対意見をまとめた判決文が公表される
このプロセスは下級裁判所で判決が出てから1年以上かかるが、透明性が担保されるので、連邦最高裁の説明責任が果たされている。
他方、「シャドウ・ドケット」は以下の点で「メリッツ・ドケット」と大きく異なる。
- 簡素な意見書が当事者からしか提出されない
- 口頭弁論が行われない
- 判決は短い命令文だけで示されることが多く、理由や法的根拠が明記されない
「シャドウ・ドケット」と「メリッツ・ドケット」の関係は?
位置付けとして、「シャドウ・ドケット」の判断は緊急的な暫定措置にすぎず、その後、訴訟は本質的な判断を求める「メリッツ・ドケット」として進行するのが通常である。重要なことに、「シャドウ・ドケット」で”勝利”した当事者が「メリッツ・ドケット」で勝利するとは限らない。
たとえば、アラバマ州がゲリマンダーした連邦下院選挙区割りを巡ったアレン対ミリガン事件(Allen v. Milligan)では、2021年に第一審裁判所がアラバマ州の選挙区割りを違法とし、2022年の中間選挙においてこの選挙区割りが利用されることを差し止めた。だが、連邦最高裁が「シャドウ・ドケット」においてその差止命令を解除したので、2022年中間選挙では選挙区割りの利用が認められた。その後、事件は控訴裁判所を経て上告され、2023年に連邦最高裁は「メリッツ・ドケット」で選挙区割りを違法と判断した。よって、「シャドウ・ドケット」で勝利したアラバマ州は「メリッツ・ドケット」で敗北した。
なぜ最近になって「シャドウ・ドケット」への注目が高まっているの?
近年、重大な政策的影響を持つ決定までもが「シャドウ・ドケット」を通じて行われるようになったからである。
たとえば、トランプ政権は連邦教育省(Department of Education)の人員を大幅に削減することで、同省を事実上解体することを表明している。2025年5月、連邦第一審裁判所は現状維持するため連邦教育省における人員削減を一時的に差し止めたが、2025年7月、連邦最高裁は「シャドウ・ドケット」においてその差止命令を解除した。このことによって、トランプ政権は第一審で敗北したにもかかわらず人員削減を進めることができるようになった。
この事件は今後も「メリッツ・ドケット」において進行すると見込まれるが、数年後に連邦最高裁がこの事件について本質的に判断する頃には、連邦教育省が骨抜きになってしまっている可能性がある。その場合、たとえ原告が勝利したとしても、名ばかりの勝利になってしまう。
このように、「シャドウ・ドケット」における判断が実質的に「メリッツ・ドケット」と同様の影響を及ぼす場合もある。実際、トランプ政権は第一審裁判所で負けても連邦最高裁の「シャドウ・ドケット」において勝利するという、名を棄てて実をとる戦略に出ている。
「シャドウ・ドケット」の判決は下級裁判所をどのように悩まさせているの?
通常、連邦第一審裁判所や連邦控訴裁判所は連邦最高裁の判例について拘束力があるものとして踏襲するが、「シャドウ・ドケット」の判決は理由や法的根拠が示されないため、下級裁判所は拘束力がないものとして扱うことが多かった。
ところが2025年8月、米国国立衛生研究所対米国公衆衛生協会事件(National Institutes of Health v. American Public Health Association)において、ニール・ゴーサッチ裁判官(Neil Gorsuch)が補足意見を通じて「下級裁判官は連邦最高裁の判断に背くことはできない」と述べたことで、「シャドウ・ドケット」の命令にも拘束力があるという見解が示された。
ゴーサッチ裁判官によるこの意見について、第一審裁判所の裁判官は自身の判決文において「有益でなく、不要(unhelpful and unnecessary)」と批判し、連邦控訴裁判所の裁判官は「我々は最高裁の命令に従うが、何に従えばいいのか知りたい」と疑問を呈した。
このように、最近の連邦最高裁による「シャドウ・ドケット」の利用は、下級裁判所の裁判官が最高裁に歯向かうという異常な事態につながっている。
トランプ政権関係で、「シャドウ・ドケット」はどのように注視すればいいの?
第2期トランプ政権が実施している政策の多くは訴訟の対象となっており、連邦第一審裁判所の判決では頻繁に原告側が勝利している。
マスコミは第一審裁判所でトランプ政権が敗北したことに注目しがちだが、同じ事件が連邦最高裁の「シャドウ・ドケット」においてトランプ政権に有利な判決になっているケースも少なくない。連邦教育省の人員削減事件が示すように、「シャドウ・ドケット」の結果まで注視することが重要である。
進行中の「シャドウ・ドケット」の事件はこちらのサイトで列挙されており、特に重要な事件は太文字で示されている。