トランプによるワシントンD.C.警察の乗っ取りと州兵の動員〜ワシントンD.C.が州でないから起こった背景〜

トランプによるワシントンD.C.警察の乗っ取りと州兵の動員〜ワシントンD.C.が州でないから起こった背景〜

ドナルド・トランプ大統領は8月11日(現地時間)、首都ワシントンD.C.(Washington D.C.)の警察を自分の管理の下に置き、ワシントンD.C.の州兵を動員すると発表した。ここでは、この行為がどういうことなのか、これがなぜワシントンD.C.だからできたのか、この行為にどのような問題があり得るのか、そしてワシントンD.C.が州だったらどう違っていたのかなどを解説していく。

簡潔にいうと、ワシントンD.C.ではなにが起こってるの?

8月11日(現地時間)、トランプ大統領は大統領令を通じて、首都ワシントンD.C.で犯罪が蔓延していることを理由に、警察をワシントンD.C.の管理から大統領の管理の下(具体的には、パム・ボンディ連邦司法長官(Attorney General Pam Bondi)の下)に移行させる他、ワシントンD.C.の州兵(National Guard)約800人を動員させて治安維持に対処させると発表した。

14日(現地時間)、ボンディ連邦司法長官は連邦政府麻薬取締局局長をワシントンD.C.警察総監に任命したものの、ワシントンD.C.が起こした訴訟を踏まえ、翌日撤回した。

ワシントンD.C.ってどういうところなの?

正式名称はコロンビア特別区(District of Columbia)で、通称「ワシントンD.C.」または「D.C.」と呼ばれる。アメリカで「ワシントン」と言うと、首都ワシントンD.C.ではなくワシントン州がイメージされることが多いので、注意が必要だ。

ワシントンD.C.はアメリカの首都であることから、この街にホワイトハウス、連邦議会、連邦裁判所、アメリカ連邦政府の省庁等が所在する。

ワシントンD.C.は「特別区」なので、州ではない。この事実はアメリカの統治の仕組み上、大きな意味がある。たとえば、連邦議員は州単位で選出されるので、ワシントンD.C.の住民は連邦議会に代表がいないことになる(議決権を持たない代表がいるのみ)。また、アメリカの連邦制上、ワシントンD.C.は連邦政府の一部とみなされる。

このため、従来、ワシントンD.C.は連邦政府の直轄にあった。だが、1973年、連邦政府はワシントン特別地区内政自治法(District of Columbia Home Rule Act、以下「自治法」)を成立させ、それ以降、ワシントンD.C.は住民の投票によって選ばれる首長(市長)と議会によって統治されるようになった。もっとも、ワシントンD.C.議会が通した法律は連邦議会の審査を受ける必要があり、予算も連邦議会が握っているので、ワシントンD.C.は限定的な自治権しか与えられてない。

ワシントンD.C.警察の管理を大統領の下に移すというのはどういうこと?

通常、ワシントンD.C.警察は市長の下にいる警察総監の指揮下に置かれている。

だが、自治法740条は、緊急事態があった場合、大統領がワシントンD.C.警察を活用できると定めている。活用期間は、連邦議会に通知があれば30日間、連邦議会に通知がなければ48時間に限定されている。30日以上の活用には立法プロセスに則って成立した連邦法が必要となる。

トランプ大統領は「犯罪の蔓延」を理由にこの条項を発動させ、警察をボンディ連邦司法長官の管理の下に置いた。

法的根拠があるなら、トランプ政権がワシントンD.C.警察の指揮を取ったことは問題ないの?

問題ないとは言えない。

8月14日、ボンディ連邦司法長官は連邦政府の関係者をワシントンD.C.警察総監に任命したが、自治法740条は大統領がワシントンD.C.警察を「活用(use)」できるという趣旨の規定をしており、大統領が警察の指揮を取っていいとまでは定めていない。この点は早速訴訟の対象となり、15日、トランプ政権はワシントンD.C.が起こした訴訟を踏まえ、市長の下にいる総監を交代させないと発表した。(ただ、その直後、ボンディはワシントンD.C.警察に対して、D.C.の法律に関わらず連邦移民法の執行に協力するよう命じた)

また、自治法740条は大統領による警察の活用は「連邦政府のため(for Federal purposes)」である必要があるとしており、ワシントンD.C.司法長官はこれは連邦政府の資産や人員の警備のために限定されると主張している。自治法740条が発動されたのは初めてなので、この文言がどのように解釈されるかは連邦裁判所の判断となる。

ワシントンD.C.州兵とはなに?

一般論として、州兵とは州ごとに編制される準軍事組織である。州兵は平時には民間人としての生活を送っている予備軍であり、災害時や緊急時に動員されて軍事行動や人道支援などを行う。2024年の大統領選で民主党の副大統領候補だったティム・ワルツ(Tim Waltz)は元州兵だった。

平時の州兵は州の知事の指揮下で「州の任務」に就いている。だが、大統領が州兵を「連邦政府の任務」に就かせると宣言すれば(この行為は「連邦化(federalize)」と呼ばれる)、州兵は大統領の指揮下で連邦政府の陸軍の一部として活動する。

ワシントンD.C.は州ではないものの州兵が編制されている。だが、州ではないため、ワシントンD.C.州兵は大統領の指揮の下に置かれている。よって、トランプは平時でも州の知事のようにワシントンD.C.州兵を動員する権限を有している。

法的根拠があるなら、トランプによるワシントンD.C.州兵の動員は問題ないの?

そうとも言えないのは、民警団法(Posse Comitatus Act)と呼ばれる、軍隊を治安維持のために動員することを禁じた連邦法があるからだ。

ここでの「軍隊」とは連邦政府の軍隊を指す。したがって、民警団法が州兵に適用されるのは、州兵が連邦化され、大統領の指揮の下に置かれている時である。それ以外の時の州兵は知事の支配下にいるので、民警団法は適用されず、治安維持に対処することができる。

ワシントンD.C.州兵は元々大統領の指揮下にあることから民警団法の適用性が曖昧だが、連邦司法省はワシントンD.C.州兵にも「ワシントンD.C.の任務」と「連邦政府の任務」があり、連邦化されていないワシントンD.C.州兵は民警団法の適用を受けず、治安維持に対処することができるとしている

トランプはワシントンD.C.州兵を連邦化すると宣言していない。だが、彼はワシントンD.C.州兵をワシントンD.C.とは関係ない任務に就かせるとも発言しており、その場合、ワシントンD.C.州兵は連邦化される必要があり、その後州兵を治安維持に対処させることは民警団法違反となる。

そもそも、ワシントンD.C.では本当に犯罪が蔓延しているの?

トランプは、今年の5月にイスラエル大使館の職員2人が射殺され、3月に政府効率化省(DOGE)の職員が襲撃されたことを強調している。一方、ワシントンD.C.警察のデータによれば、今年の凶悪犯罪は前年比で26%低下しており、殺人は11%低下している。

いずれにせよ、ワシントンD.C.は決して治安のいい街ではないと一般的には思われている。

ワシントンD.C.が州でも、トランプは同じことができたの?

できなかったはずだ。

連邦制のアメリカでは州に主権があるので、大統領は州警察の指揮を取るどころか、活用することさえ認められない。

州兵についても、大統領が治安維持のために州の州兵を動員させることはできない。各州の州兵は、知事の指揮下で「州の任務」の一環として治安維持対応を行うか、大統領の指揮下で(民警団法上、治安維持対応が含まれてはならない)「連邦政府の任務」に就くかのどちらしかないからだ。

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