2026年1月3日(現地時間)、ドナルド・トランプ大統領はベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領(Nicolás Maduro)を拘束し、アメリカ本土に移送した。ここでは、今回の出来事を1989年のパナマ侵攻と比較し、トランプ大統領がベネズエラでマドゥロを拘束する権限の根拠、連邦議会の関与のあり方、そしてトランプ政権と日本企業への影響について解説していく。
何が起こったの?
トランプ大統領は、米陸軍の特殊部隊である第1特殊部隊デルタ作戦分遣隊、通称「デルタフォース」をベネズエラに展開してマドゥロ大統領と彼の妻を拘束し、ニューヨーク市に移送した。マドゥロは第1期トランプ政権の2020年にアメリカの連邦検察によって麻薬密売に関わる重罪で起訴されており、今回、マドゥロに加えて妻も起訴された。
トランプ大統領はマドゥロの身柄を拘束するだけでなく、「安全で適切な政権移行が実現するまで、アメリカがベネズエラを運営する」と述べた。マドゥロ大統領が再選を果たしたとされる2024年の大統領選においては、昨年ノーベル平和賞を受賞したマリア・コリナ・マチャド(María Corina Machado)がマドゥロ政権によって公職追放処分を受け、出馬を阻まれている。また、選挙の結果についても国内外から不正を指摘する声が強く、アメリカを含む一部の国は、マドゥロの再選を正当なものと認めていなかった。
過去に似た例はあるの?
この出来事は、1989年のパナマ侵攻と極めてよく似た構図を持つ。当時のジョージ・H・W・ブッシュ大統領(George H. W. Bush)は、パナマに軍事侵攻して指導者マヌエル・ノリエガ将軍(Manuel Noriega)を拘束し、アメリカ本土で裁判にかけた。
ノリエガはアメリカ連邦政府により麻薬取引への関与やマネーロンダリングなどの罪で起訴されており、拘束後、フロリダ州の連邦第一審裁判所で裁判を受けたのち、実刑判決が言い渡され20年間アメリカで禁錮された。
ノリエガは、1989年に行われた選挙で反体制派が勝利したとされる結果を無効化していた。よって、ノリエガの起訴と拘束は、単なる刑事犯罪への対応という側面に加え、「民主主義を否定した指導者を排除する」という政治的文脈の中で理解された。
トランプ大統領は、マドゥロ大統領をベネズエラで拘束する権限を有するの?
トランプ大統領の権限は、連邦司法省が示した2つの法的解釈に基づいている。
憲法上、アメリカの大統領にはアメリカ連邦法を執行する義務と権限があり、アメリカ連邦政府が起訴した者を拘束するのはその権限の一環である。大統領は当然アメリカ国内でその権限を行使することができるが、1989年、連邦司法省はパナマ侵攻に先立ち、一定の法的見解を示した。それによれば、アメリカ連邦捜査局(Federal Bureau of Investigation、通称FBI)は、国際法や国外の法律違反であっても、国外にいる外国人を拘束し、アメリカに移送して裁判にかける権限を有するとされた。
ここで注意が必要なのは、海外で被疑者を拘束する権限を有するのはFBIであることだ。FBIは連邦司法省の傘下にあり、アメリカ連邦政府の行政機関の一部を構成する。一方、今回マドゥロを拘束したのはアメリカ陸軍だった。
アメリカの民警団法(Posse Comitatus Act)は、治安維持のために大統領が軍隊を動員することを禁じている。よって、通常は陸軍を用いて被疑者を逮捕することはできない。だが、連邦司法省は1971年に、連邦法を執行している連邦政府の人員を警備するために軍隊を用いることは民警団法に違反しないという見解を示している。さらに、そもそも論として、民警団法の影響はアメリカ国外まで及ばないとも考えられている。
大統領が武力を用いる場合、議会はどのような役割を持つの?
アメリカ連邦憲法上、戦争を宣言する権限は連邦上院・下院議院に与えられている。一方で、大統領は軍の最高司令官として軍事力を行使する権限を持つ。
アメリカが侵攻された場合、大統領は明らかに議会の承認なく自衛のために軍を展開する権限を有する。だが、今回の場合、ベネズエラはアメリカに対してなんら軍事的な行為をとっていない。これはノリエガの事例において、パナマ議会がアメリカに対して実質宣戦布告していた点と大きく異なる。
大統領が議会の承認なしに軍隊を展開することはよくあり、議会が大統領を抑制するために制定されたのが、1973年の戦争権限法(War Powers Resolution)である。この法律は、大統領が議会の承認なく武力を行使した場合、原則として48時間以内に議会に報告し、議会の承認を得られなければ、60日以内に撤兵することを求めている。だが、この法律の実効性は乏しく、歴代政権は共和党・民主党に関わらず、議会の明示的な承認を得ないまま軍事行動を継続してきた。
議会は戦争権限法以外にも、予算権限で大統領を抑制する権限を有する。大統領が軍隊を派遣することに伴う支出は、治安維持、行政運営、人道支援などいずれの名目であっても、議会が予算として承認する必要がある。もっとも、一旦大統領が軍隊を展開した後に議会が予算を割り当てることを拒否するのは現実問題として難しい。
トランプ大統領は、今回の行動について一部の連邦議員に対し事後的に連絡した。さらに、ベネズエラの運営に関与するにあたっての支出は、ベネズエラの石油資源から得られる収入から賄われるとの考えを示している。これはアメリカの予算を必要としないことを意味しているとも解されるが、たとえ資金の原資が外国の資源であったとしても、それをアメリカ政府が管理・支出する以上、議会の承認が必要であると思われる。
今後、何が起こるの?
マドゥロはアメリカの通常の民事的な刑事司法制度の下で裁かれる。具体的には、連邦第一審裁判所で起訴内容が審理される。マドゥロには弁護人選任の権利が与えられるほか、証拠が開示され、陪審員による公開裁判を受けるので、憲法上の権利が保障される。これは、イラク戦争などで拘束された者が、限定的な権利しか認められない軍事裁判等にかけられたケースとは異なる。
マドゥロの代理人が裁判所に対してマドゥロの拘束は違法だと主張するのは確実だが、現実問題として、大統領が他国に侵攻してまで拘束した被疑者を釈放し母国に戻すよう裁判所が命じる可能性は極めて低い。また、起訴状には20年間に渡る麻薬密売に関する事実関係が記載されており、マドゥロが陪審員によって有罪評決を受ける可能性は高いと思われる。裁判が始まるのは早くて2026年末になる。
ベネズエラの運営については、まだ見通せないところが多い。トランプ大統領は記者会見で、誰がどのようにどれほどの期間ベネズエラを運営するのか明確にしなかったが、トランプ政権はマチャドではなく副大統領で大統領代行となったデルシー・ロドリゲス(Delcy Rodriguez)に政権移行する意向であると報道されている。ただ、ロドリゲスがトランプ政権の言いなりになるとは思えず、その場合、アメリカの占領があり得るのかなど定かではない。
トランプ政権への政治的影響は?
今回のトランプ大統領の行動は、トランプ支持者による批判の的になる可能性が高い。
トランプは2016年の大統領選に立候補した時から、イラク戦争を中心としたアメリカ軍による対外介入を批判していた。それまでの共和党は、民主主義と自由の価値を世界に広めるためなら軍事力行使も辞さない強硬な新保守主義、いわゆるネオコンが主流だったが、トランプは「アメリカを再び偉大に(Make America Great Again)」をスローガンに、海外ではなくアメリカの国益を優先する政策で共和党の予備選を勝ち抜いた。
特にベネズエラの運営は、トランプのこれまでの「アメリカ・ファースト(アメリカ第一主義)」の主張と矛盾する。第2期のトランプ政権は海外介入が目立ち、それがトランプ大統領の熱狂的な支持者だったマージョリー・テイラー・グリーン(Marjorie Taylor Greene)連邦下院議員との決裂のきっかけとなった。グリーンは多くのトランプ支持者を代弁していると思われ、この出来事はエプスタイン・ファイル問題などで始まっているトランプ離れが加速する可能性がある。
この出来事の日本企業への影響は?
今回の出来事は、日本企業にとっても無関係ではない。特に、法的安定性、資源ビジネス、アメリカ国内政治という3つの観点から影響が考えられる。
第一に、法的・制度的な不確実性の問題である。アメリカによるベネズエラの統治運営への関与の仕方によっては、同国における契約や許認可制度がどのように運用されるのかが不透明になる。日本企業が過去にベネズエラ政府や国営企業と締結してきた契約の扱いをめぐってリスクが高まる可能性があり、ベネズエラでの事業を検討していた日本企業も事業の見直しが必要となるかもしれない。
第二に、エネルギー資源を巡る影響である。ベネズエラは世界有数の石油埋蔵量を有している。トランプ大統領は、ベネズエラの石油収入を統治運営の財源として用いる考えを示しているが、その場合、石油の販売先や価格、契約条件がアメリカの政治的判断によって左右される可能性が高い。これは、ベネズエラのエネルギー市場と関わってきた日本企業にとって、新たな不確定要素となる。
第三に、アメリカ国内の政治への影響である。この行動によってトランプ支持者の支持離れが加速すると、すでに求心力を失いつつあるトランプ政権は今年11月に行われる中間選挙に先立ってさらに弱体化するだろう。日本企業は、今回の出来事の影響について、ベネズエラだけでなくアメリカ国内にも目を向ける必要がある。
それによれば、アメリカ連邦捜査局(Federal Bureau of Investigation、通称FBI)は、国際法や国外の法律違反であっても、国外にいる外国人を拘束し、アメリカに移送して裁判にかける権限を有するとされた。
これはどう理解すればよいのでしょうか?アメリカの司法として国際法違反を正当化したんですか?アメリカが軍事的に強いからそれが国際的に普通に認められるものなんでしょうか?
コメント、ありがとうございます。
司法省の見解は、簡単に言うと、「アメリカ国家の主権は国会と大統領にあり、国際法はそれを制約するものではない」というものです。言い方を変えると、「アメリカの主権は国外の法律に制約されるものではない」というものです。
これはアメリカ独特の考え方かというとそうではなく、英国も国外(EU)の法律に拘束されることに忌避感を感じだからEUを離脱したと考えられます。
回答いただきありがとうございます、山田です。
国家主権と国際法について調べましたが、以下サイトがわかりやすかったです。
FBIが実行しなかったことなど、多少判例通りではないものの、このサイトに書かれてることが本当に正しければ、大筋としては今回のアメリカの行動は大問題ではないということになりそうですね。アメリカが軍事的、経済的に強いから成り立つこともあらためてわかりました。
私としては国際法の位置付けの中途半端さに辟易とするのですが、とりあえずアメリカやトランプがFBI云々の細かい話を除くと(少なくともアメリカ内での)法の支配の原則は守っているというとがわかってよかったです。(合ってますかね?)
行動の善し悪しについてはよくわかってないです。有識者はよく国際法違反だと批判しますが、私としては結果的にこれが革命みたいな形になって腐敗国家が正されて多くのベネズエラ国民にとって良い方向に進んだならそれでいいんじゃないかとも思いますが、一概にそうも言い切れないでしょうし。
https://www.ritsumei.ac.jp/law/study/answer24.html/
回答、ありがとうございます。
「国際法」の一番の問題は、参照されている記事にある通り、「法を守るように実力で強制したり、違反した国を処罰したりするような存在がない」ことです。この問題があるため、学問的には、「国際法は執行できない」、そして「執行できない法律には法的拘束力がない」、よって「国際法には法的拘束力がない」という(参照されている記事とは異なる)考えもあります。
山田さんの、アメリカ国内では法の支配の原則が守られているとの考えも、それがアメリカが軍事的に強いから成り立つという考えも正しいと思います。なにせ、アメリカの法的整理については、アメリカ国内でも結構根強い反対意見がありますし。