2026年6月29日と30日、連邦最高裁は4つの重要な事件について相次いで判決を言い渡した。
- 大統領は出生地主義を制限することができるのか
- 州は郵送されてきた投票用紙を選挙日以降も集計できるのか
- 州は生物学的な男性であるトランスジェンダー選手が女子スポーツに参加することを禁止できるのか
- 大統領は連邦法上独立性が担保されている行政機関のトップを自由に解任できるのか
これら判決は「トランプ大統領が勝ったか負けたか」の軸で単純に説明できるものではなく、裁判官の投票行動も一般的に言われる「保守派6人対リベラル派3人」だったわけでもない。他方、どの事件でも重要だったのは、「事件の問題を決める権限を持つのはどの機関か」というアメリカの統治の仕組み上の論点であった。本稿では、4つの判決を通して最高裁の判決をどう読めばいいのか解説していく。
4つの判決を簡潔に比較すると
4つの判決について、3つの質問をしながら見ていく。
第一に、「判決において裁判官がどのように投票したか」がある。裁判官9人で構成される連邦最高裁は現在、「保守派6人、リベラル派3人」で構成されていると説明されることが多いが、保守派の中にも、より現実的な路線を追求する裁判官3人と原理を重視する裁判官3人に分かれている。そこで本稿では、便宜上、保守派を「原理保守派」と「現実保守派」に分けて、各判決でどのような連合が形成されたのかを見ていく。
第二に、「事件は憲法の問題か、法律の問題か」が重要である。事件がアメリカ連邦憲法の解釈についてである場合、連邦最高裁の判断は大統領、連邦議会、州政府のいずれも変更することはできないため、判決の実質的な効果が将来変わる可能性は低い。一方、事件が法律の解釈についてなのであれば、連邦議会や州政府が判決の効果を将来変更できる余地が残る。
第三に、「事件の問題を決める権限を持つのはどの機関か」の論点がある。これは三権分立の観点では大統領と連邦議会の間、連邦制の観点では連邦政府(大統領と連邦上院・下院)と州政府(知事と州議会)の間で、どの機関が権限を持つかという問題である。たとえば、最高裁が大統領の権限を認めれば、大統領の裁量は広がる。他方、連邦政府の権限が狭く解釈されれば、その問題について決める権限は州にあり、必然的に、州ごとにその問題に対する結論が異なる状況が生まれる。一方で、連邦憲法そのものが定めている事項については、大統領も連邦議会も州政府も自由に変更することはできない。
この3つの側面から4つの判決を比較すると、次の表のようになる。
| 事件 | 判決の多数派の構成 | 事件の性質 | 決める権限を持つ機関 |
| 出生地主義 | 現実保守派2人+リベラル派3人 | 憲法の解釈 | いずれの政治部門でもない |
| 郵便投票 | 現実保守派2人+リベラル派3人 | 法律の解釈 | 州 |
| トランスジェンダー選手 | 保守派6人 | 法律の解釈 | 州 |
| 行政機関トップの解任権 | 保守派6人 | 憲法の解釈 | 大統領 |
連邦最高裁の「保守対リベラル」の構成とは
現在の連邦最高裁判所は一般的に「保守派6人、リベラル派3人」で構成されていると言われているが、実際は次の表のとおり、「原理保守派3人、現実保守派3人、リベラル派3人」の構成であると考えた方がより正確である。
| 原理保守派 | 現実保守派 | リベラル派 |
| ニール・ゴーサッチ (Neil Gorsuch) | ジョン・ロバーツ長官 (John Roberts) | ソニア・ソトマイヨール(Sonia Sotomayor) |
| クラレンス・トーマス(Clarence Thomas) | ブレット・カバノー (Brett Kavanaugh) | エレナ・ケイガン (Elena Kagan) |
| サミュエル・アリート (Samuel Alito) | エイミー・コニー・バレット (Amy Coney Barrett) | ケタンジ・ブラウン・ジャクソン (Ketanji Brown Jackson) |
原理保守派は憲法上の原理を優先して既存の判例を見直すことに積極的であり、現実保守派は制度的な安定性を重視する傾向にある。特にロバーツ長官は、連邦最高裁の正統性を重んじる姿勢から、過激な判決を避ける意向が見られる。
リベラル派の3人と原理保守派の3人はそれぞれまとまって投票することが多いので、現実保守派の3人がリベラル派と組むか、それとも原理保守派と組むかで、判決が左右されることが多い。
なお、保守派6人のうち、ゴーサッチ裁判官、カバノー裁判官、バレット裁判官の3人はトランプ大統領の第1期目中に任命されている。カバノー裁判官とバレット裁判官は現実保守派であり、時々トランプ政権に不利な投票をすることから、トランプ大統領はこの2人を「裏切り者」とみなすことがある。
出生地主義をめぐる判決は、なぜトランプを含めすべての大統領と連邦議会の権限を制限するものであるのか
出生地主義をめぐる事件は、今回の判決の中で最も明確にトランプ大統領が敗訴した判決である。
こちらで解説したとおり、トランプ政権は第2期発足直後、ビザで又は不法にアメリカに滞在している両親に生まれた子供は自動的に市民権を取得できないという大統領令を発布した。しかし、連邦最高裁は、150年以上にわたって維持されてきた出生地主義は憲法上保障されていると判断し、トランプ大統領の大統領令を無効とした。
判決では保守派が分裂し、現実保守派のロバーツ長官とバレット裁判官がリベラル派3人と共に多数派を形成した。現実保守派のカバノー裁判官も判決の結果には賛成したが、根拠は連邦法であり、連邦憲法ではなかった。原理保守派のトーマス裁判官、アリート裁判官、ゴーサッチ裁判官の3人は反対に回った。
出生地主義が憲法で定められているかという点だけを見ると、判決の構図は5対4だった。実はほんの数年前まで、出生地主義が憲法によって保障されていることを疑う見解は法曹界ではかなり周辺的であるとみなされていたので、この問題が最高裁で5対4まで接近したこと自体が大きな驚きであると言える。
この判決によって、大統領も、連邦議会も、(もちろん州政府も)出生地主義を否定することができなくなった。そのため、出生地主義を変えるためには、憲法改正が必要となる。アメリカ連邦憲法を改正するハードルは極めて高く、連邦議会と州議会の間で相当な支持がないと実現できないので、この判決の効果は将来的に維持される可能性が高い。
なお、この事件ではトランプ大統領が任命した現実保守派であるバレット裁判官が多数派に回っている。バレット裁判官がトランプ政権に不利な意見に賛同したことは、最高裁の一定の独立性が維持されたことを示していると考えられる。
郵便投票をめぐる判決は、なぜ州の権限を認めながらも、連邦政府の権限を否定するものではないのか
郵便投票をめぐる事件は共和党全国委員会が提訴した事件だが、トランプ政権は共和党全国委員会を支持したため、連邦最高裁の判決はトランプ大統領にとって敗北だったと考えられる。
この事件で争われたのは、郵便で送られてきた投票用紙について、選挙日の5日後までに到着していれば受理・集計すると定めている州法が連邦法に違反するかという点であった。アメリカでは、選挙制度は(たとえ国政選挙であっても)原則として州の管轄なので、連邦法が規定・禁止していない限り、州は自由に選挙を運営できる。
連邦最高裁は、選挙について規定している連邦法の解釈として、州法は連邦法に違反していないと判断した。判決では保守派が分裂し、現実保守派のロバーツ長官とバレット裁判官がリベラル派3人と共に多数派を形成した。原理保守派のトーマス裁判官、アリート裁判官、ゴーサッチ裁判官に現実保守派のカバノー裁判官が加わった4人が反対に回った。
この判決によって、郵送されてきた投票用紙が選挙日までに到着していない場合、それを集計するかしないかは州の裁量に委ねられた。ただ、判決は連邦法の解釈に基づいているため、連邦議会が(大統領の承認の下)連邦法を改正し郵便投票の到着期限を定めれば、判決の実質的な効果は将来変更され得る。
なお、この事件でもトランプ大統領が任命したバレット裁判官が多数派に回っており、ここでも最高裁の一定の独立性が維持されたことを示していると考えられる。
トランスジェンダー選手をめぐる判決は、なぜ州の権限を認めながらも、連邦政府の権限を否定するものではないのか
トランプ政権はトランスジェンダー選手の女子スポーツ参加に反対していたので、この事件の連邦最高裁の判決はトランプ大統領の勝利だったと言える。
この事件で争われたのは、生物学的な男性であるトランスジェンダー選手が学校・大学の女子スポーツに参加することを禁止する州法が、アメリカ連邦憲法と連邦法に違反するかという点であった。連邦最高裁は、州法は連邦憲法の「法の下の平等」条項に違反していないと判断し、教育における性差別を禁止する連邦法にも違反していないとした。判決では保守派の6人が全員賛成し、リベラル派3人が反対している。
この判決によって、トランスジェンダー選手が女子スポーツに参加できるか否かの決定権は州に委ねられた。この事件の対象となった州法ではトランスジェンダー選手の女子スポーツ参加を禁止していたが、他の州はこれを認める州法を制定することが可能である。また、アメリカでは各州が憲法を規定しており、州憲法は連邦憲法と同様に解釈される必要はないので、州裁判所が州憲法の「法の下の平等」条項の解釈として、トランスジェンダー選手の女子スポーツ参加を認めることも可能だ。
ただ、連邦議会が(大統領の承認の下)、トランスジェンダー選手の女子スポーツ参加を禁止する連邦法を制定すれば、連邦法は州法だけでなく州憲法にも優越するため、州の裁量は取り上げられることになる。
行政機関トップの解任権をめぐる判決は、なぜトランプを含むすべての大統領の権限を強化するものであったのか
行政機関トップの解任権をめぐる事件は、最も明確にトランプ政権が勝利し、かつ最も大きな制度変更をもたらした判決である。
こちらで解説したとおり、この事件で争われたのは、行政機関のトップを大統領が正当事由なしには解任できないと連邦法で定めることはアメリカ連邦憲法上認められるのか、という問題であった。アメリカでは、政治的な独立性を維持するため、大統領は行政機関のトップを任命することができるが自由には解任できないと定めた連邦法が数多く存在する。
連邦最高裁は、行政権が大統領に帰属する以上、大統領は行政機関の幹部を十分に統制できなければならないと判断し、大統領の解任権限を制限する連邦法は違憲であるとした。判決では保守派の6人が全員賛成し、リベラル派3人が反対している。
この判決は1935年以来維持されてきた判例を覆すものであり、トランプ大統領に限らず、将来の民主党政権、共和党政権の行政機関に対する大統領の統制を大幅に強めることになる。この判決は連邦憲法の解釈に基づいて行われたため、解釈がまた変更されない限り、長期的に及ぼす影響は極めて大きい。
なお、連邦最高裁は、大統領は行政機関のトップを自由に解任できなければならないと判断するのと同時に、連邦準備制度理事会(FRB)の理事については、大統領の解任権が制限されても違憲にならないとの判決を下した。
FRBに関する判決では保守派が分裂し、現実保守派のロバーツ長官とカバノー裁判官がリベラル派3人と共に多数派を形成した。原理保守派のトーマス裁判官、アリート裁判官、ゴーサッチ裁判官に現実保守派のバレット裁判官が加わった4人が反対に回った。ロバーツ長官とカバノー裁判官のみが、FRBは一般的な行政機関とは異なると判断したことになる。
なぜ4つの判決をトランプ大統領の「2勝2敗」と見るだけでは本質を逃すのか
4つの判決を政治的な結果だけで見れば、トランプ政権は2勝2敗だったと言える。しかし、その見方だけでは、今回の4つの判決を正しく理解することはできない。
行政機関トップの解任権と出生地主義をめぐる事件では、トランプ大統領の勝敗は明確だった。前者ではトランプ政権の主張が認められ、大統領の行政機関を統制する権限が大幅に拡大した。他方、後者では出生地主義を大統領令によって制限することはできないとされ、トランプ大統領は敗訴した。
一方、郵便投票とトランスジェンダー選手の事件では、政治的な意味での勝敗と、制度的な意味での判決の内容は必ずしも一致しない。郵便投票ではトランプ政権が支持した主張は退けられ、トランスジェンダー選手では支持した結果が得られた。トランプ大統領は郵便による投票とトランスジェンダー選手の女子スポーツ参加に否定的であるが、いずれについても、最高裁は全国一律の政策を決めず、「その問題は州が決めることができる」と判断した点に本質がある。
今回の4つの判決は、トランプ大統領にとっての勝敗を示した判決や特定の政策への賛否というよりも、アメリカの統治ルールについてであると読むのが最も適切である。行政機関を統制する権限を大統領に認める場面もあれば、憲法によって政治権力を制約する場面もあり、州の裁量を尊重する場面もあった。
日本にとって何を意味するのか
今回の4つの判決はいずれも日本に直接影響を及ぼすものではないが、日本政府や日本企業にとって無視できない意味を持つ。
第一に、行政機関トップの解任権をめぐる判決によって、大統領の行政機関に対する統制が大幅に強まることになる。従来、政治から一定の独立性が担保されていた労働、証券、企業競争などの幅広い分野における規制について、今後は大統領が交代するたびに行政の方針が大きく変動しやすくなる。日本企業や日本政府は、これまで比較的安定していた分野の政策と法の執行について、大統領の意向に注視する必要がある。
第二に、これら判決は、アメリカが連邦制であり、州ごとに異なる政策が採られることの重要性を改めて確認するものである。州に決定権が与えられている分野は多く、それら分野においては「アメリカではこうなっている」と一括りに語れないことを意識するのが重要だ。日本企業にとって、アメリカの制度や規制を理解する際には、連邦レベルだけでなく、カリフォルニア州、テキサス州、ニューヨーク州など、実際に事業に関係する州の動向も確認する必要がある。