現地時間の8月6日（火）、カマラ・ハリスはティム・ワルツ（Tim Walz）ミネソタ州知事を副大統領候補に指名した。このサプライズ人事に関連して、ワルツとは誰なのか、なぜハリスが彼を選んだのか、そしてワルツ指名の大統領選への影響を解説していく。なお、トランプによるJ・D・バンスの指名の解説は、こちらを参照されたい。
ティム・ワルツとはどういう人物？
ワルツは60歳のミネソタ州知事。2018年に当選し、2022年に再選している。知事になる前は、ミネソタ州選出の連邦下院議員を6期12年間務めた。
下院議員時代のワルツは共和党寄りの選挙区から選出されており、思想的には中道派と見られていた。実際、彼の議員としての実績には共和党の議員と共同で提案し成立させた法律が多い。（アメリカでは、法案の作成や修正が政党ではなく議員主導で行われることがよくある）
知事に就任してからのワルツは、特に2023年に民主党が州議会の上院・下院双方で過半数を獲得して以降、よりリベラルな政策を追求している傾向が見られる。
政治家になる前のワルツは、陸軍州軍兵士と高校教師兼アメフトコーチだった。州軍には高校卒業後に入隊し、教師になった後も非常勤の兵士だったため、合計24年間服役していた。
ワルツは副大統領候補としてどう評価されるべきなの？
アメリカの副大統領の正式な役割は基本的に一つしかなく、大統領が死去・辞任した時に大統領の役割を担うことである。
その観点では、共和党側のバンスと異なり、ワルツには問題ない。連邦議員として12年間、知事として5年間の経験があれば、本人が大統領選に出馬していてもおかしくない経歴である。
政治的な判断としてワルツの指名は評価できるの？
副大統領候補は適任性ではなく政治的な理由で選ばれることが大半だが、ワルツの指名は政治的な判断として無難である。
通常、副大統領候補は次のような基準で選ばれる。
- 党内緩和のため、大統領指名候補が予備選で争った相手を選ぶ
- 経験が浅い大統領指名候補が、経験豊富の候補を選ぶ
- 苦戦している大統領指名候補が、話題性のある候補を選ぶ
- 大統領選での勝利の可能性を高めるため、「激戦州」の現職知事または連邦上院議員を選ぶ
- 支持を広げたい大統領指名候補が、自分とは支持層が異なる候補を選ぶ
1〜３は該当せず、4についてもミネソタ州は今年の大統領選で注目すべき州ではあるものの民主党寄りなので「激戦州」に当たらない。
残るは5である。白人の男性であるワルツは、複数のルーツを持つ女性であるハリスとバランス感がある。また、Tシャツやハンティングジャケットといったカジュアル姿が似合うワルツには、ハリスにはない労働者階層へのアピールがある。
もっとも、ワルツの直近の知事選の結果を分析すると、彼の勝利の鍵は、地方にあるトランプ票ではなく都市部の民主党支持層の票だったことがわかる。ワルツを指名することでハリスがトランプの支持基盤である白人労働者の票に食い込めるかというと、極めて微妙だ。
ワルツがサプライズ人事だったのはなぜなの？
ワルツは全国的な知名度が低いだけでなく、当初はハリスの副大統領候補としてさえ噂されていなかったので、事前分析ではワルツを有力候補に挙げていなかったほどである。
ところが、この2週間でワルツは全国放送のニュース番組に出てはハリスを援護しトラン・バンスコンビを批判することで注目を集めた。特に彼がトランプとバンスを「やけに変だ（just weird）」と表現したことは共感を呼び、ハリスでさえ集会の演説で同じ表現を利用するようになった。
下馬評では、最も重要な激戦州であるペンシルベニア州の現職知事、ジョッシュ・シャピロ（Josh Shapiro）が指名されると思われていたが、ガザ戦争においてイスラエルを支持し続けるバイデン大統領への批判が民主党支持層の間で根強いため、ユダヤ人のシャピロを選ぶと党内を割りかねないとハリスが判断した可能性がある。
いずれにせよ、サプライズという意味では、ワルツの指名は（経験・実績はさておき）2008年に共和党のジョン・マケイン（John McCain）がサラ・ペイリン（Sarah Palin）アラスカ州知事を指名したとき以来の驚きと言えるだろう。
結局、ハリスはなぜワルツを選んだの？
これまでほとんど接点がなかったのにハリスがワルツを指名したのは、最も相性が良く、信頼できそうだからと思ったからのようだ。
確かに、ワルツには典型的なアメリカ中西部の「いい人」、「親切な人」、「人懐っこい人」という印象があり、たとえばジョウ・バイデン大統領はワルツといることでとてもご機嫌になるという話がある。
で、ワルツの指名は大統領選にどのような影響を及ぼすの？
中長期的に見ると、安定感があるワルツが選ばれたことで、民主党の副大統領候補が大統領選に大きな影響を及ぼすことはなさそうだ。（共和党側ではトランプに指名されたバンスの言動が物議を醸しているので、これは決して悪いことではない）
民主党の観点では、こちらで解説した通りハリスには中西部のラストベルト（Rust Belt）経由と南部・西南部のサンベルト（Sun Belt）経由の勝利の道があるが、ワルツの指名により、ハリス本人が前者を重視していることが明確となった。
共和党側では、シャピロの指名によりペンシルベニア州での勝利が遠のくことを懸念していたため、一安心している。