現地時間の2024年5月30日(木)、ニューヨーク州の裁判所で進行していた「口止め料違法処理事件」でトランプ前大統領が有罪評決を受けた。ここでは、その判決の詳細と大統領選への影響を解説する。
トランプは何の罪で有罪になったの?
トランプは2006年から元ポルノ女優ストーミー・ダニエルズと不倫関係になり、2016年の大統領選中、このことが公になって選挙に影響を及ぼすことを懸念した。そこで顧問弁護士だったマイケル・コーエン(Michael Cohen)に13万ドルの口止め料をダニエルズに支払わさせ、大統領就任後、自身の会社からコーエンに払い戻した際、その返済を「弁護士費用」として処理した。
この処理がニューヨーク州法に違反する虚偽行為だったとして、ニューヨーク州の検察がトランプを34件の罪状で起訴し、陪審員12人が34件すべてにおいて有罪評決を下した。
なお、通常なら会社記録の虚偽記載は軽犯罪(misdemeanor)であるが、本件では、この行為が選挙法違反を促したとして、検察側は重犯罪(felony)で起訴した。口止め料の支払い自体は違法でなく、トランプが選挙法違反の罪に問われたこともないので、この事件の起訴内容は理解するのが極めて難しいものだった。
陪審員制度って日本の裁判員制度とどう違うの?
一般人が評決に参加するという点は共通しているが、日本の裁判員制度の下では評決が原則として多数決で行われる一方、アメリカの陪審員制度の下では(有罪・無罪評決双方において)陪審員の全員一致が求められる点が大きく異なる。
長時間審議しても全員一致の評決に至らないことはhung juryと呼ばれ、(検察側が告訴を取り下げない限り)裁判のやり直しとなる。
この事件の陪審員は何人いて、どのような経歴の人たちだったの?
本件はニューヨーク州の検察がニューヨーク州の州裁判所で告訴したので、ニューヨーク州の陪審員制度が適用され、ニューヨーク州の住民から陪審員が選ばれた。
陪審員の人数は州によって異なるが、ニューヨーク州は大半の州と同様の12人である。200人の中から選ばれた本事件の陪審員のプロフィールは次のとおりであった。
- 男性7人
- 女性5人
- 弁護士2人
- 金融関係3人
- エンジニア2人
- 教師1人
高学歴で専門職に就いている人が多く、ニューヨーク市民の典型的なプロフィールとも言える。ニューヨークはトランプに批判的な民主党支持者が多い街・州であるが、確率的には、12人中少なくとも1人はトランプ支持者だったと思われる。
有罪評決は想定されてたの?
想定外ではなかったと言える。
検察側の重要な証人はトランプの元顧問弁護士だったコーエン。彼は過去に偽証罪で有罪判決を受けており、本裁判においてもトランプから横領していた新事実が判明するなど信頼性が疑われたが、検察側が提出した文書の記録が有力な証拠となった。
上述したとおり本事件の起訴内容が複雑だったにも関わらず、たった2日間の審議で陪審員が評決に至ったということは、結論は明快だったのだろう。
で、トランプは収監されるの?
大統領選前に収監される可能性は0%と言ってよい。
裁判官による量刑の判断は7月11日に予定されている。理論上は懲役20年がありえるが、トランプには前科がなく、そもそも本事件の罪状が通常は軽犯罪(misdemeanor)であることを踏まえると、トランプが懲役の刑を受けるとは考えにくい。
また、たとえ懲役の刑を受けてもトランプが控訴することはほぼ確実であり、刑が確定するまで数ヶ月〜数年かかる。トランプは現在保釈されており、控訴中収監される可能性は極めて低い。
有罪評決は大統領選への立候補や大統領への就任に影響を及ぼすの?
影響はない。
大統領になるための要件はアメリカ連邦憲法が定めているが、有罪判決を受けていてはならない、という要件はない。また、そういった要件を定めた法律もない。
州によっては重犯罪(felony)で有罪になると選挙権を失うと定めているため、トランプは自分に投票できなくなってしまう可能性があった。だが、彼が住んでいるフロリダ州は、選挙権を失うか否かは有罪判決を受けた州において選挙権を失うかに依拠するとしており、ニューヨーク州は(収監されてない限り)選挙権を剥奪しないので、フロリダ州も剥奪しない。
今年の大統領選への影響は?
大政党の大統領指名候補が重犯罪(felony)で有罪判決を受けているというのは240年のアメリカの歴史の中でも初めてなので、影響は計り知れないところがある。
もっとも、民主党支持者は元からトランプに対して強烈な忌避感を抱いており、有罪判決によって印象が改善するとは考えにくい。
他方、共和党支持者は穏健派でもこの刑事事件に政治的な匂いを感じている。ニューヨーク州の検事は公選で選ばれるが、トランプを起訴した検察が民主党所属であり、通常なら軽犯罪(misdemeanor)である罪をわざわざ重犯罪(felony)で起訴したことがその印象を強めている。
したがって、この判決が共和党員を奮い立たせる可能性がある。実際、トランプ陣営は、有罪評決後の24時間で5000万ドル超(約80億円)の献金が集まったと発表しており、この金額はこれまで24時間の期間で集まった記録を2倍で塗り替えたそうである。
注目されるのは、特に“激戦州”に住んでいる無党派層の反応だ。アメリカでは、重犯罪(felony)で有罪になるのと軽犯罪(misdemeanor)で有罪になるのとでは大きく印象が異なり、無党派層が本事件での重犯罪有罪判決をどう見るかは、7月11日に量刑が決まるまで分からないかもしれない。大統領選は激戦州の行方で決まり、数万票が州での勝敗を分けるので、たとえ少数の投票者の投票行為にしか影響がなくても、有罪評決が選挙の行方を左右させる可能性はある。
トランプが大統領に復帰できれば、自分を恩赦できるの?
できない。
アメリカ連邦憲法は、大統領が「アメリカ合衆国に対する犯罪」について恩赦できると定めているが、連邦制であるアメリカでは連邦政府と州政府に主権が認められており、大統領に与えられている赦免の権限は、ニューヨーク州の検察が起訴した本刑事事件には及ばない。
となると、万一トランプが禁固刑を受けたまま大統領になった場合、一つの州であるに過ぎないニューヨーク州が、アメリカ合衆国の大統領を収監させようとする深刻な憲法上の問題を引き起こしかねない。
トランプが被告である他の刑事事件への影響はあるの?
ないだろう。
こちらで解説しているとおり、他3つの刑事事件は別の州または連邦裁判所で進行しており、いずれも大統領選前に公判されることは予定されていない。