アメリカ連邦憲法上、行政の仕組みには三権分立と民主主義の観点から課題が生じる。ここでは、アメリカの行政が抱える憲法上の課題とそれを踏まえた行政の仕組みについて解説していく。
行政機関には三権分立の観点でどのような課題があるの?
アメリカ連邦憲法は三権分立を定めているが、その3つの機関は「立法府(legislative branch)」、「執行府(executive branch)」、「司法府(judicial branch)」であり、「行政府」はない。行政は執行府を代表する大統領の下にあるとみなされる場合が多いが、憲法上、その整理には矛盾が生じる。
理由は、アメリカの憲法が批准された1789年当時、「行政」と呼ばれるほどの政府の組織は存在しなかったからである。憲法が当初想定していた役割分担は、立法府が法律を策定した後、執行府(大統領)が法律を執行し、司法府が法律に基づく権利について判断することであった。
ところが、19世紀後半以降、産業革命が起こると労働基準等多くの規制が策定されるようになり、20世紀後半になって政府が提供する福祉が充実し始めると、法律を執行するための組織の業務が幅広くなり、当初ほど3つの機関の役割がきれいに棲み分けできなくなった。
たとえば、立法府は抽象度が高い法律を策定し、法律を執行する機関が細かい事項を規制として規定する。ところが、「規制」には法的拘束力があることから「法律」と区別しにくく、規制を策定することは立法府の役割ではないかという議論になる。
また、国民や法人が規制に違反したか否か、そして違反した場合の罰則も法律を執行する機関が決定する。だが、この判断は国民や法人の権利に関する判断なので司法府の役割ではないかという議論になる。
このように法律を執行する機関には、「執行」だけでなく「立法」や「司法」の権限もあるように見えるため、行政国家(administrative state)と呼ばれるアメリカの行政組織は「4つ目の政府の機関(fourth branch of government)」と言われる。
立法権限の課題はどのように対処されているの?
連邦最高裁は1935年、立法府が抽象度が高い法律を策定し、行政機関を拘束する十分な基準を示さずに立法権限を委ねることは三権分立上認められないという判決を下した。これは「非委任の法理(Non-Delegation Doctrine)」と呼ばれる。
だが、行政が規制の詳細を定めることは現代社会において避けられない。一方、行政機関に規制を策定する権限を与える以上、その権限が適切に行使されるための手続が必要になる。このため、行政手続法(Administrative Procedure Act、通称「APA」)は、行政機関による規制策定などの手続を定めている。
具体的には、行政手続法上、行政機関が規制を策定するためには、策定前に規制案を公開し、意見を募集し、提出された意見を考慮することが求められる。規制案を事前に公開して広く意見を求めることで、規制の影響を受ける国民や企業などの意見を規制策定過程に反映させる仕組みとなっている。意見の募集とその反映によって、通常なら「法律」の策定に行われる議会での議論を再現しようという発想である。
「パブリック・コメント(意見公募手続)」と呼ばれるこの手続きは日本にもあるが、アメリカでは日本より頻繁に規制案が意見を踏まえて修正される。
なお、近年の連邦最高裁は、行政機関が政治的・経済的に極めて重大な問題に対処する規制を策定しようとする場合、連邦議会がその権限を連邦法において明確に与えていることを求めている。これは「重要な問題の法理(Major Questions Doctrine)」と呼ばれ、行政機関への過度な権限委任を抑制するという点で、非委任の法理と密接に関連している。
司法権の課題はどのように対処されているの?
行政が規制を個々の事案に適用して処理していくことは現代社会において避けられず、行政手続法はこれが生む司法の観点の憲法上の課題に対処している。
行政機関が規制を個々の事案に適用する際には、行政裁判官(administrative law judge)による行政機関内部の審理が行われる場合がある。行政裁判官は行政機関に所属するため、司法府に所属する連邦裁判官とは立場が異なる。
さらに、行政機関による最終的な判断については、原則として、連邦裁判所による司法審査を受けることができる。行政手続法上、法律の解釈について連邦裁判官は行政裁判官を含めた行政機関の判断に拘束されず独自に判断することになっているので、憲法が想定している司法府による審査が担保される。
とはいえ、連邦最高裁は1984年の判決で、連邦法が曖昧である場合、裁判所はその解釈について一定の条件の下で行政機関の合理的解釈を尊重すべきと判断していた。この原則は「シェブロン法理(Chevron deference)」と呼ばれ、行政機関に司法的な権限を広く与えることになった。だが、2024年、連邦最高裁は40年適用されてきたシェブロン法理を行政手続法に違反するという理由で覆し、今後は裁判所が独自に連邦法の意味を解釈すべきと判断した。この判決は「重要な問題の法理」と同様、連邦最高裁による三権分立の徹底の一環であると考えられる。
アメリカでは、新たに規制が策定されると、業界団体等が行政機関を提訴し規制の無効を求める訴訟を頻繁に提訴する。アメリカでパブリック・コメントの手続きが徹底して行われる背景には、手続きを疎かにすると訴訟で行政側が敗訴し規制が無効になりかねないからである。
行政機関には民主主義の観点でどのような課題があるの?
アメリカの行政国家は日本でいうキャリア職の官僚(career civil servant)が日常を回しており、彼らの採用、昇進、昇級、解雇は能力主義制度(merit-based system)、つまり個人の専門性・実績・功績に基づいて組織的判断がなされる。
だが、そうでなかった時代があった。19世紀後半までアメリカの行政は猟官制(spoils system)、つまり選挙に勝った政党が自党の党員や支持者を公職に任用する政治慣習を用いていた。この制度は必然的に政治的腐敗を招き、1881年にジェームズ・ガーフィールド大統領(James Garfield)が公職への任命を期待していたものの任命されなかった者に暗殺されると、能力主義制度への改革が行われた。
能力主義制度は腐敗を阻止する一方で、民主主義の観点で課題をもたらした。上述した通り、行政には立法、執行、司法の役割があるところ、アメリカ連邦憲法では、それらを担うことが想定されている機関には民意が反映される仕組みになっているからだ。
具体的には、立法府では連邦下院議員と連邦上院議員が選挙で選ばれ、執行府では大統領本人が間接選挙、閣僚が大統領の任命と連邦上院の承認で選ばれ、司法府では連邦裁判官が選挙で選ばれた大統領の任命と連邦上院の承認により選ばれる。
能力主義制度の下では、行政機関の業務の多くを選挙で選ばれたわけではないキャリア職の官僚が担う。このため、専門性や政治的中立性を維持しながら、選挙で選ばれた大統領が行政機関をどこまで統制すべきかという民主主義上の問題が生じる。
民主主義の課題はどのように対処されているの?
アメリカの行政機関は能力主義制度の下で採用された人たちが日常を回している一方、大勢の上層部が大統領に任命される。
具体的には、各省の長官(Secretary)だけでなく、副長官(Deputy Secretary)、次官(Undersecretary)、次官補(Assistant Secretary)を大統領が(連邦上院の承認の下で)任命し、大統領はいつでも自由に彼らを解任することができる。次官や次官補は各省に複数人いるため、大統領が任命する長官〜次官補の人数は1,000人を超える。また、連邦上院の承認なしで大統領が任命できる公職が400以上ある。
キャリア職の官僚は原則として大統領に任命された者たち、いわゆる政治職の下で働くので、大統領の膨大な人事権によって行政機関に民意が反映される仕組みになっている。
独立執行機関とはなに?
原則として、大統領が任命した者は大統領がいつでも解任できる。この仕組みは民主主義の政治的責任の観点から理想だが、政治的な中立性が望ましい行政機関においては懸念される。この懸念に対処するために設立されたのが独立執行機関(independent executive agencies)である。
大半の独立執行機関は複数人の委員(commissioners)が統治する。従来、大統領には委員を(連邦上院の承認の下で)任命する権限がある一方、自由に解任する権限を持たなかった。連邦議会も解任する権限を有しなかったので、こうした独立執行機関の委員は政治的支配を受けにくかった。
だが、2026年に連邦最高裁は、大統領による解任を制限することは大統領の行政に対する統制を制約するものであり、アメリカ連邦憲法に違反すると判断した。この判決によって、証券取引委員会(Securities and Exchange Commission)や連邦取引委員会(Federal Trade Commission)といった以前は政治的中立性が期待できた行政機関に対しても、大統領の影響力が大幅に強まることになった。
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