11月19日(現地時間)、アメリカ連邦議会の共和党議員がドナルド・トランプ大統領に反発したことによって、連邦司法省に「エプスタイン・ファイル」の全面公開を義務付ける法案が成立した。ここでは、なぜ6年前に死亡したジェフリー・エプスタイン(Jeffrey Epstein)に関連する文書が今なお注目されているのか、その公開をめぐって共和党議員がどのようにトランプ大統領に反発したのか、エプスタイン問題に対してトランプ大統領はどう反応したのか、そしてエプスタイン・ファイル問題が日本企業に及ぼす影響などについて解説していく。
エプスタイン・ファイル問題とはどういうものなの?
こちらで詳細を解説しているが、ジェフリー・エプスタインは金融業で成功した富豪である。複数の女性の証言によれば、エプスタインは2000年代以降、未成年の少女を性的に搾取していた。また、著名な富裕層や政治家、王族、ビジネス界の重鎮らをプライベートジェットで自身の島に招き、売春を斡旋していたとされる。
2007年、アメリカ連邦政府の検察官がエプスタインを起訴する予定だったが、エプスタインがフロリダ州の刑事事件で軽罪への有罪を認めれば起訴しないことを約束する司法取引が成立した。司法取引の結果、エプスタインは懲役18ヶ月を言い渡されたが、服役中は1日12時間仕事のための外出が認められる異例の待遇を受け、実際の服役期間は13か月にとどまった。
通常では考えられないほど寛大な措置が2018年に明るみに出ると、エプスタインは2019年7月、未成年の少女を性的人身売買した疑いで連邦政府に起訴された。だが翌月、エプスタインはニューヨークの拘置所の独房で自殺とみられる状態で発見された。
トランプ支持者の多くは、既得権への反発からトランプ大統領を支持している。よって、彼らはエプスタインの”顧客”として未成年買春していたエリートをさらけ出したいと考えており、エプスタインに関連する文書、いわゆる「エプスタイン・ファイル」の公開を求めてきた。
第2期トランプ政権の中枢にいる人の多くは、2024年の大統領選前からこの求めに前向きな姿勢を示してきた。また、トランプ政権が始まった直後の2025年2月、パム・ボンディ(Pam Bondi)連邦司法長官はエプスタインの「顧客リスト」が自分のデスクの上にあることを匂わせた。
全面的公開が期待されている中、司法省は2025年7月7日(現地時間)、さらなるエプスタイン・ファイルの公開は行なわず、エプスタイン関係の起訴も行わないことを発表した。しかし、支持者の間ではこの発表について強い反発が起きた。
連邦下院はエプスタイン・ファイルをめぐってどのように動いたの?
共和党が過半数を維持している連邦下院は概ねトランプ大統領に恭順的であるが、エプスタイン・ファイルの件に関してはアメリカ国民の8割が全面的な公開を支持しているため、トランプの言いなりにならなかった。
2025年7月、共和党のトーマス・マッシー(Thomas Massie)連邦下院議員は民主党の議員と共同で、連邦司法省が保有しているエプスタイン・ファイルの全面公開を求める法案を提出した。だが、マイク・ジョンソン議長(Speaker Mike Johnson)は公開に否定的なトランプ大統領と足並みを揃え、この法案を本会議で審議することを拒否した。
9月2日(現地時間)、マッシー議員はマイク・ジョンソン議長の審議拒否を踏まえ、議長を通さず本会議審議に持ち込める稀な手続きであるディスチャージ・ピティション(discharge petition)を用いようと試みた。この時点では、民主党議員全員に加えて共和党議員4人がディスチャージ・ピティションへの賛成しており、成立に1票足りなかった。
9月23日(現地時間)、民主党候補が補選で勝利し、ディスチャージ・ピティションが成立することは時間の問題となった。だが、10月1日の政府閉鎖開始以降、下院は休会が続き、ジョンソン議長は下院が招集されるまで新議員の宣誓就任式を行うことを拒否したので、ディスチャージ・ピティションの成立は足踏みすることになった。
11月12日(現地時間)、ジョンソン議長は連邦上院が11月10日(現地時間)に可決した政府閉鎖を終了させるためのつなぎ予算を審議するため、下院を開会せざるを得なくなった。ここでようやく新任の民主党議員が宣誓就任でき、ディスチャージ・ピティションが成立して、法案は本会議に付された。
法案はどのように成立したの?
法案は実質的に連邦議会の全会一致で成立した。
連邦下院では11月18日(現地時間)、417対1という圧倒的多数で法案が可決された。反対票を投じたのは共和党議員1名のみである。
共和党が多数を占めている連邦上院では、7月以降、共和党執行部がずっと法案の審議入りに慎重の姿勢をとっていた。だが、下院でほぼ全会一致となったことを受け、上院は異例のスピードで全会一致の可決に踏み切った。法案が正式に下院から送付されてくるのを待たずに可決されるのはきわめて珍しい。なお、夏以降この法案の審議入りに抵抗してきたジョンソン下院議長は法案が上院で修正されることを条件に賛成に回ったが、上院はその要請に応じなかった。
その後、11月19日(現地時間)、トランプ大統領の署名により法案は成立した。トランプは拒否権を行使することができたが、アメリカの立法プロセス上、連邦議会は2/3の再可決で法案を成立させられたため、拒否しても政治的効果は乏しかった。
数日前まで成立がまったく見通せなかった法案は、急転直下で一気に成立した。
トランプ大統領はエプスタイン・ファイル問題についてどのように反応しているの?
トランプ大統領は夏以降、エプスタイン・ファイルの公開に否定的な姿勢を貫き、メッシー議員の法案を潰そうと動いた。
11月12日(現地時間)、ディスチャージ・ピティションに賛成した共和党議員の1人であるローレン・ボーベルト(Lauren Boebert)連邦下院議員がホワイトハウスに呼び出され、賛成を撤回するよう働きかけられた。ボーベルトは熱狂的なトランプ派として知られているが、彼女はこの要求を拒否した。
11月15日(現地時間)、下院の監視・政府改革委員会(Committee on Oversight and Government Reform)がエプスタインの遺産管財人から取得した後に公開した2万超の文書でのトランプへの言及が物議を醸すと、トランプ大統領は先手を打った。SNSを通してボンディ司法長官に対し、ビル・クリントン(Bill Clinton)元大統領やクリントン政権で財務長官を務めたラリー・サマーズ(Larry Summers)など民主党関係者のエプスタインとの関係を調査するよう命じたのだ。大統領が個人を特定して調査を命じることは極めて異例だが、トランプ大統領はこれまで、政治的な宿敵であるニューヨーク州司法長官や元FBI長官を調査するだけでなく起訴させてきた。
そして翌日、連邦下院での法案の可決が確実になると、トランプ大統領は突如、共和党議員に法案に賛成するよう促した。この姿勢の一転は、何より負けることを嫌うトランプ大統領が勝ち馬に乗ったのだとみられている。
法案が成立したことで、エプスタイン・ファイルは公開されるの?
19日に成立した法律は、30日以内に連邦司法省がエプスタイン・ファイルのすべてを公開することを要求している。よって、12月19日(現地時間)までにエプスタイン・ファイルが公開される見通しだ。
ただ、法律は、進行中の調査に支障がでる場合や被害者が特定されてしまう場合、ボンディ司法長官が公開を控えることができると定めている。司法省がこの例外規定を用いる可能性は高い。したがって、今後当面の注目は、トランプ政権がどれほどエプスタイン・ファイルを公開するかに移っていく。
そもそも、司法省がエプスタイン・ファイルを公開するためには、法律は不要だった。行政のトップとして、トランプ大統領が司法省に公開を命じればよかっただけである。こうした背景から、トランプ大統領はエプスタイン・ファイルを公開できない口実を用意するために、司法省に対して既に終了している捜査の再開を求めたとみられている。
この問題がトランプ政権に及ぼす長期的な影響は?
トランプ大統領がエプスタイン・ファイルの公開を渋るようなことをすれば、トランプ大統領の支持基盤が揺らぎかねない。
エリート層に反発しているのが共通点であるトランプ支持者は、エプスタイン・ファイルの公開によって、エリート集団である”エプスタインの顧客”が追及されることを望んでいる。トランプはエプスタイン・ファイルの公開に対抗してきたことで、何か隠したいことがあるのではないかと疑われている。公開に前向きな姿勢を徹底しないと、この疑惑は払拭されないだろう。
エプスタイン・ファイル問題は、すっかりトランプ化された共和党が初めてトランプ大統領に対して反乱を起こしたケースである。トランプ政権の支持率が低迷する中、来年の中間選挙の心配をしなければならない共和党議員が、今後はより大胆にトランプに反旗を翻す可能性が高まりつつある。
ただ、今回の共和党内の亀裂は、共和党議員がトランプ大統領とトランプ支持者のどちらにつくかという局面に立たされた時、トランプ支持者側についたという極めて特殊な構図だった。共和党内でトランプイズムが否定されたわけではないため、今回の出来事がトランプ大統領の求心力低下と直結するとは言い切れない。
エプスタイン問題の日本企業への影響は?
エプスタインは国際的な人脈を持っていたことから、今後公開されていくエプスタイン・ファイルの中に日本企業や著名人の名前が含まれている可能性が十分にある。
名前が出るだけでは違法行為を意味しないが、風評被害は避け難い。2021年、伊藤穣一がMITメディアラボ所長時代にエプスタインから資金を募っていたことが問題視され、デジタル庁の有識者会議メンバーからの辞任を強いられている。
仮にエプスタイン・ファイルから日本企業関係者の名前が出れば、類似の波紋が広がる可能性がある。