2026年4月28日(現地時間)、アメリカ連邦捜査局(Federal Bureau of Investigation、通称FBI)の元長官ジェームズ・コミー(James Comey)が大統領に対する脅迫の疑いで起訴された。トランプ政権の下でのコミーの起訴は2025年9月に続いて2回目である。ここでは、コミーがなぜ繰り返しトランプ政権下で訴追されているのかという背景を整理した上で、今回の事件で有罪が成立する可能性は低いと考えられる理由を説明する。また、この一連の動きにある政治的意図と、日本企業への影響についても解説する。
簡潔にまとめると、何が起こったのか
今回の事件は、2025年5月にコミーが、貝殻を「86 47」の形に並べた画像をインスタグラム(Instagram)へ投稿したことをめぐるものである。「86」はアメリカの俗語として「排除する」や「始末する」という意味を持ち得て、ドナルド・トランプは第47代大統領であるため、検察はこの投稿が大統領への危害を意図したものだったと主張している。
これはコミーに対する2回目の起訴である。2025年9月、コミーは連邦議会証言における虚偽証言を理由に起訴されたが、2025年11月、連邦第一審裁判所は起訴を主導した連邦検事長官代理(Acting U.S. Attorney)の任命に法的瑕疵があると判断し、起訴は却下された。
コミーとトランプ大統領は長年にわたって対立してきた。コミーがFBI長官だった時、FBIはロシア政府がトランプ陣営と共謀して2016年の大統領選に干渉した可能性を捜査しており、トランプは第1期の2017年5月にコミーを解任した。トランプは解任以降もコミーへの批判を繰り返しており、コミーはトランプにとって主要な政治的敵対者の1人となってきた。
起訴内容はどれほど強いものなのか
起訴状はわずか3ページであり、「86 47」を表現する貝殻の画像をSNSに投稿したこと以外の事実関係には言及がない。これだけをもって大統領に対する脅迫罪が成立するとは考えにくい。
まず、「86 47」という表現のうち、「86」が本当に「排除する」や「始末する」という意味で使われていたのか自体、明確ではない。「86」とは本来、レストラン業界の俗語として「品切れ」「提供できない」「注文を断る」といった意味で広く使われてきたものであり、日常的には「外す」「やめる」といった非暴力的な意味で用いられる。「始末する」といった強い意味合いで使われる場合もあるが、多義的で曖昧な表現である以上、「86」が殺害を示唆する表現だとは断定できない。
さらに、連邦最高裁判所は2023年の判決において、脅迫罪の成立には、単に表現が客観的に脅迫と受け取られ得るだけでは不十分であると判示した。アメリカ連邦憲法修正第1条が表現の自由を保障している以上、被告人自身が、その表現が脅迫として受け取られる可能性を認識していたことまで必要になると判断したのである。
したがって、本件で有罪とするためにはコミーの主観的認識まで立証する必要があるが、コミーは「86 47」がトランプへの脅迫を意味する認識を持っていたことを否定しており、訴状にもそれを示唆する記載は一切ない。
以上を踏まえると、コミーの投稿は表現の自由による保護が及ぶ可能性が高く、有罪立証は相当困難であると考えられる。
起訴に手続的な瑕疵はあったのか
コミーに対する1回目の起訴においては、検察内部で証拠の不十分さが指摘されていたにもかかわらず、政治任用の連邦検事長官代理が主導したという、手続面でも適正性に疑義が生じていた。連邦裁判所が連邦検事長官代理の任命を無効としたため、結局、この不備は致命的なものとなった。
今回の起訴は、少なくとも現時点で確認できる範囲では、同様の問題は見当たらない。起訴状は連邦検事長官本人ではなくキャリア検察官が署名しており、これは連邦検察実務における通常の手続に沿ったものである。
また、本件について司法省内部でキャリア検察官の一部が起訴に反対していたとするような報道もなされていない。通常、検察の内部の意思決定過程は公開されないが、少なくとも現時点では、前回のように「内部で証拠不十分と評価されていたにもかかわらず起訴が強行された」という構図は裏付けられていない。
今回の起訴とトッド・ブランチが司法長官代理に指名されていることにはどのような関係があるのか
今回の起訴は、トッド・ブランチ(Todd Blanche)の司法長官代理(Acting Attorney General)への就任と不可分である。
2026年4月2日(現地時間)、パム・ボンディ(Pam Bondi)連邦司法長官がトランプ大統領によって更迭された。背景には、トランプ大統領が求めた政治的宿敵への訴追が十分に進まなかったことへの不満があったとされている。したがって、トランプ政権の下での司法長官のポストは、「トランプの宿敵を起訴できるか」という政治的期待と直結している。
ブランチは、トランプ大統領が被告人となったニューヨーク州の口止め料違法処理事件、及び連邦政府の機密文書持ち出し事件と2020年大統領選結果覆し事件でトランプの弁護人を務めた人物であり、第2期トランプ政権が発足すると司法副長官(Deputy Attorney General)に就任した。そして、その後、ボンディ更迭後に司法長官代理に昇格した。
ブランチは恒久的な司法長官就任に意欲を示しているとされており、ブランチ体制の下で司法省は、民主党のバラク・オバマ大統領の下で中央情報局長官(Director of Central Intelligence Agency)を務めたジョン・ブレナン(John Brennan)に対する捜査を進めていると報じられている。今回のコミー起訴は、ブランチがトランプの期待に応えようとしている文脈で理解する必要がある。
今回の起訴は日本企業にとってどのような意味をもたらすのか
日本企業にとって、今回の一連の動きは、ブランチ体制の司法省の運用がこれまでに増して政治的要素の影響を強く受ける可能性を示している。
形式的には起訴手続の枠組みは維持されているものの、「誰を対象にするか」という入口の判断において、政治的判断の比重が高まっている。この点は、法の適用が完全に恣意的になるという意味ではないが、従来想定されてきた法令違反の有無を基軸とする予測可能性が相対的に低下していると考えられる。
具体的には、トランプ大統領が問題視するテーマや人物と間接的にでも接点を持つ場合、法的リスクが政治的リスクと連動する構造が強まっている。したがって、アメリカで事業を展開する日本企業にとっては、単にコンプライアンスを満たすだけでは不十分で、自社の事業や取引がどの政治的論点と接続し得るのかを分析し、政治的リスクと法的リスクを一体として評価することが極めて重要となる。