イラン戦争の遂行を担うアメリカ連邦国防総省は、2000億ドル(約32兆円)の追加予算を要請した。この大規模な予算要請は、イラン戦争が短期ではなく数カ月単位で継続することを示唆する。ここでは、予算要請の意味と重要性を整理し、共和党が過半数を維持している連邦議会でもドナルド・トランプ大統領の政治思想をめぐって予算審議が難航する可能性を説明した上で、11月の中間選挙や日本や日本企業への影響を解説していく。
要請された予算はどのような内容なの?
アメリカ連邦国防総省(Department of Defense)がホワイトハウスに要請したイラン戦争関連の追加予算は、2000億ドルに達する。
注目すべきは、これまでの戦費との比較である。アメリカ軍の上層部は、開戦後の1週間で113億ドル(約1.8兆円)の支出が発生しており、日々の支出は15億ドル(約2400億円)を超えていると連邦議会に報告している。これを踏まえると、2000億ドル規模の予算要請は、イラン戦争が数カ月単位で継続することを示唆する。
さらに、この予算はより大きな戦争に備えるための資金である可能性がある。世界のエネルギー輸送の要衝であるホルムズ海峡は、現在イランによって実質的に封鎖されている。アメリカが海峡の通航を回復させるためには、海上護衛や機雷除去といった限定的な任務にとどまらず、沿岸部や拠点への直接的な関与、すなわち地上戦力の投入を検討せざるを得ない状況になりつつある。
実際、4500人の海兵隊が中東地域に派遣されていると報じられている。海兵隊は強襲上陸や迅速展開を担う部隊であり、その投入は空爆中心の作戦から一歩踏み込んだ戦略を意味する。
予算を成立させるためには、何が必要となるの?
現段階では、トランプ政権が2000億ドルの予算を正式に議会に提出するかは定かではない。ただ、どのような規模であっても、追加予算は通常の法案と同様に、連邦下院と連邦上院の双方を通過し、大統領の署名を経る必要がある。日本では予算の審議は衆議院が優越するが、アメリカでは上下院のどちらか一方でも否決すれば予算は成立しない。
連邦議会の制度と現在の議会構成を見ると、イラン戦争の予算審議は難航する可能性がある。
連邦下院は現在、共和党が218議席(共和党系無所属を含む)、民主党が214議席、欠員が3議席という構成であり、共和党は多数派であるものの、その差は僅差である。今後実施される補選の結果にもよるが、民主党の協力が得られない場合、共和党から2名以上が造反すると予算は成立しなくなる。
一方、連邦上院は共和党が53議席、民主党(民主党系無所属含む)が47議席という構成である。上院ではフィリバスター(filibuster)と呼ばれる審議手続の影響により、通常は60議席がなければ法案を成立させられない。予算関連では予算調整法案(budget reconciliation bill)と呼ばれる手続きを用いることで過半数での可決が可能となるが、この手続は対象となる予算案の内容に制約があるため、イラン戦争の予算を包括的に処理できるとは限らない。
予算が議会で審議されることは、なぜ重要なの?
通常の軍事行動と同様、これまでのイラン戦争は大統領主導で進んでおり、連邦議会はトランプ大統領を制約する法案を否決し、イラン戦争に関与することを実質放棄した。したがって、トランプ政権が正式に予算を要請すれば、議会が戦争の是非を正面から議論せざるを得ない局面が初めて生まれる。
予算をめぐる審議は、単に民主党対共和党という構図ではなく、共和党内部、特にトランプの政治的理念であるMake America Great Again(「アメリカを再び偉大に」、通称MAGA)の意義が問われる政治的テストになる可能性がある。
民主党内では、2000億ドル規模の予算に反対する発言が相次いでいる。連邦下院・上院の民主党議員の間では、資金を止めることで戦争を抑制すべきだという主張が出ており、戦争そのものへの賛否を問う政治対立を形成しようとしている。
したがって、民主党は予算に協力しない可能性が高く、共和党は一致団結しなければ予算を下院で可決できない状況にある。
ドナルド・トランプ大統領はこれまで、ジョージ・W・ブッシュ政権下で行われたアフガニスタン戦争やイラク戦争といった長期の対外戦争への反対を重要な柱として掲げ、MAGAを前面に打ち出して大統領選で2度当選した。共和党も、トランプの下でMAGA一色になっている。
イラン戦争はMAGAの理念に真っ向から反するものであり、実際、トランプ派の象徴的な議員であるローレン・ボーベルト(Lauren Boebert)が予算に反対することを既に表明している。現在の連邦下院は僅差の議席構成であるため、すでに反対を表明しているボーベルトに加えて他の造反者が出れば、予算は成立しなくなる。
トランプ政権内からも戦争に対する批判的な声が出始めている。
3月17日(現地時間)、ジョウ・ケント国家テロ対策センター長(Director of National Counterterrorism Center Joe Kent)は、イランは「差し迫った脅威ではなかった」と明言し、開戦の前提となるインテリジェンスの妥当性に疑問を呈して辞任した。ケントは元陸軍准尉であり、強烈なトランプ支持者として連邦下院選に2回出馬している。また、元海軍兵曹だった妻を戦争で失っていることもあり、その辞任は大きく取り上げられた。
他にも、J.D.バンス副大統領(J.D. Vance)は開戦前からイラン戦争に懐疑的であったと報じられており、従来は発言力が強いにもかかわらず、イラン戦争に関してほとんど発言していない。
予算をめぐる争いは、中間選挙にどのような影響を及ぼすの?
今年の11月には、連邦下院の全議席と連邦上院の1/3の議席が改選される中間選挙が実施されるが、戦争と巨額の財政支出は有権者にとって極めて分かりやすい選挙の争点となる。
民主党にとっての構図は明確である。開戦から短期間で数百億ドル規模の支出が発生し、さらに2000億ドル規模の追加予算が議論されれば、「この戦争を続けるのか」という問いがそのまま選挙の軸になる。これは税金の使途という具体的な問題として認識されるため、有権者の判断に直結しやすい。したがって、予算審議は党内の結束を強めると同時に、無党派層にも訴求力を持ち得る。
注目されるのは、むしろ共和党である。
MAGAは「終わらない戦争をやめる」という立場を打ち出して支持が拡大した。そのため、数カ月単位の継続が前提となる戦争をどこまで支持するのかという点で、MAGAを支持する政治勢力は重要な判断を迫られる。
共和党議員にとっては、もし無条件で予算を支持すれば従来の路線との矛盾が問われる一方で、反対すればトランプ大統領との摩擦が生じる。共和党支持者にとっては、トランプへの熱狂的な支持とトランプのこれまでの政治的メッセージとの矛盾のどちらを重視するかが問われる。
中間選挙をめぐっては、共和党内における予算審議への対応とそれに対する共和党支持者による投票行動が、MAGAという政治運動の方向性に影響を及ぼすかが注目される。最近の世論調査では、MAGAの勢いは衰えておらず、MAGA支持者の間でトランプ大統領やイラン戦争は根強く支持されているが、今後の戦争の行方次第ではこれが変わる可能性がある。
予算をめぐる争いは、日本にとってどのような意味があるの?
日本および日本企業にとって、イラン戦争をめぐる予算要請と議会での審議は、アメリカという国がどの程度の規模と期間で戦争を遂行する意思を持っているのかを示す重要な指標となる。
まず、2000億ドルという規模は、現在より広範な戦争を想定していると考えられるため、この予算が議会でどのように扱われるかは、「戦争がどこまでエスカレートするか」、引いてはエネルギー安全保障や海上交通の安定性を評価する上で極めて重要な判断材料となる。
また、予算の中身次第では、戦争の性質が大きく変わる可能性がある。例えば、単なる弾薬補充や航空作戦の継続ではなく、兵力展開といったより積極的な作戦が認められる場合、戦争の段階が一段引き上げられることを示唆する。このような作戦の質の変化が予算に含まれるかは、日本企業にとって、これまで戦争が既にもたらした石油などのコスト増だけではなく、中東における事業そのものを見直す契機となり得る。
さらに重要なのは、この予算が議会でどの程度スムーズに通るかである。もし強い抵抗が生じた場合、それはアメリカの戦争に対するコミットメントに限界があることを意味し、戦争のエスカレーションが抑制される可能性を示す。一方で、トランプ政権が要請する規模と内容の予算が成立すれば、長期かつ拡大型の戦争に対する政治的コンセンサスが得られたことを意味する。この違いは、日本にとってイラン戦争に関して「どのシナリオを前提に経営判断や政策対応を行うべきか」を左右することになると考えられる。