4月29日(現地時間)、アメリカ連邦最高裁は、連邦下院における選挙区の区割りにおいて人種を考慮できるという従来の枠組みを変える判決を下した。この判決は既に11月の中間選挙の構図に影響を及ぼしており、中長期的にアメリカ政治の構造を大きく変える可能性がある。ここでは、今回の判決の背景を整理したうえで、なぜこの判決が特に南部に大きな影響を及ぼすのかを見ていく。さらに、去年夏にドナルド・トランプ大統領が引き起こした「区割り戦争」が、今回の最高裁判決によってさらに激化している状況を踏まえ、中間選挙への影響と今後の区割りの行方を考察する。最後に、日本企業への影響についても解説していく。
今回の判決の背景にあるゲリマンダーとは
連邦制であるアメリカでは、連邦下院は連邦政府の機関であるにもかかわらず、各州がその選挙区の区割りを決定する仕組みになっている。多くの州では、州議会が知事の承認のもとで州法を成立させることで、特定の勢力に有利になるよう選挙区を引くことができる。この操作がゲリマンダー(gerrymander)と呼ばれ、ゲリマンダーの方法としては、支持者を1つの選挙区に集中させること(パッキング)と、支持者を複数区に分散させること(クラッキング)の2通りある。
今回の連邦最高裁の判決は人種と選挙区の関係、具体的には、1965年投票権法(Voting Rights Act of 1965、通称投票権法)の第2条をめぐる問題である。この規定は、人種少数派である有権者が、自らが支持する候補者を選出する機会について、他の有権者より不利な立場に置かれることを禁じる。単に投票権を保障するだけでなく、選挙区の設計そのものも規制対象となり得る点に、この規定の特徴がある。
投票権法第2条は、いわゆる人種的マイノリティ多数派選挙区(racial minority-majority district)の設置を義務付ける根拠として繰り返し活用されてきた。人種的マイノリティ多数派選挙区では、特定の人種的マイノリティ(特に黒人)を1つの選挙区に集中させることで、その選挙区において当該人種的マイノリティが多数派となる。こうして、その選挙区では人種的マイノリティ候補が当選しやすくなり、州全体では少数派である人種的マイノリティが政治的代表性を高めることができる。
今回の判決で何が変わったのか
連邦最高裁の判決の核心は、人種を理由とする区割りに対する厳格な審査を優先し、投票権法による少数派保護よりも憲法上の制約を重く見た点にある。
ルイジアナ州には連邦下院で6議席が配分されており、2022年に制定された区割りでは、黒人有権者が多数派となる選挙区が1つしかなかった。これに対して、黒人有権者側は、黒人票が過度に1つの選挙区に集中され残りは分散されているため、この区割りは投票権法第2条違反であると主張した。連邦第一審裁判所はこの主張を認め、2つ目の黒人多数派選挙区が設置されるよう新たな選挙区割りを命じた。
これを受け州は2024年に新しい区割りを制定し、黒人多数派選挙区を2つに増やした。しかし、今度は別の有権者が、新しい区割りは人種を過度に考慮しており、アメリカ連邦憲法上の「法の下の平等」条項(Equal Protection Clause)に違反するとして提訴した。ルイジアナ州は、一方では投票権法に従って人種を考慮することが求められ、他方では人種に過度に依拠してはならないとする憲法上の制約の板挟みに置かれたわけである。
この状況について連邦最高裁は4月29日のルイジアナ対カレイス事件(Louisiana v. Callais)の判決で、新区割りの方が違憲であると6対3で判断した。この結果、黒人多数派選挙区の設置をめぐる投票権法第2条の実効性は大きく制約されることになり、選挙区の区割りにおいて、人種的マイノリティ保護のために人種を考慮できるという従来の枠組みそのものが大きく揺らぐことになった。
なぜ今回の判決は特に南部で影響を及ぼすのか
この判決はアメリカ全般にわたって連邦下院選挙区の区割りに影響を及ぼす可能性が高いが、その影響が最も顕著に現れるのがアメリカ南部である。
南部の大半は農村部であり、その地域では共和党が圧倒的に強い。民主党の支持基盤は都市部に集中しており、その地域では黒人有権者の比率が高い。南部では都市部の比重が相対的に小さいため、州全体では共和党が極めて優勢となりやすい。
この構造の中、投票権法第2条は民主党にとって重要な役割を果たしてきた。南部の州はこの規定によって、黒人の投票力が希釈されないよう、都市部を中心とした黒人多数派選挙区を一定数設けることが事実上求められてきた。結果、州全体では共和党が優勢であっても、黒人多数派選挙区からは民主党所属の黒人議員が安定的に選出されてきた。
この影響は、南部の農村部が特に広い州を見ると分かりやすい。
- サウスカロライナ州(South Carolina)は、7議席中、共和党6、民主党1
- アラバマ州(Alabama)は、7議席中、共和党5、民主党2
- ミシシッピ州(Mississippi)は、4議席中、共和党3、民主党1
- ルイジアナ州(Louisiana)は、6議席中、共和党4、民主党2
民主党はこれら州の24議席のうち6議席しか有しておらず、そのすべてが黒人多数派選挙区から選出されている黒人議員である。
特にアラバマ州は象徴的だ。連邦最高裁は2023年にアラバマ州対ミリガン事件(Alabama v. Milligan)の判決において、同州での投票権法第2条違反を認定したうえで黒人多数派選挙区を2つ設けることを求めたため、民主党の議席が1から2へと増加した。つまり現在の議席構成には、投票権法によって制度的に確保された議席が含まれている。
今回の最高裁判決は、この判決を事実上覆すものである。人種を考慮した区割りに対する憲法上の制約が強化されたことで、黒人多数派選挙区を維持する必要性は後退し、黒人票が分散される可能性が高まる。その結果、サウスカロライナ州やミシシッピ州の1議席だけでなく、アラバマ州やルイジアナ州の複数議席も含め、南部で民主党議席が消滅する現実味が帯びている。
中間選挙前に区割りの見直しは進むのか
11月の連邦下院選で苦戦することが見込まれている共和党は、優勢な南部において、2026年11月の連邦下院選に間に合うよう異例の速さで区割りの見直しに着手しており、連邦最高裁はその動きを後押ししている。
アメリカでは国政選挙についても州が選挙制度を定めるが、どの州でも11月の本選挙の前に予備選挙が実施される。選挙区が再編された場合、予備選のための候補者登録、投票用紙の郵送、期日前投票の準備といった一連の手続きが必要になる。11月の中間選挙まで半年もなく、その期間に選挙区を再編し、予備選を(再)実施するために、複数の州が無理をしている。
今回の判決の対象となったルイジアナ州は、共和党の知事が5月16日に予定されていた連邦下院議員の予備選を中止し、州議会に対して新しい区割りを制定するよう求めた。通常、連邦最高裁の判決が発表されてから判決に基づいた裁判所命令が下されるまで32日間かかるが、4月29日(現地時間)、最高裁は異例の扱いを認め、命令を即座に下した。これは手続き的な判断であるにも関わらず、賛成意見と反対意見が提出され辛辣なやりとりがなされた。
アラバマ州では5月19日に予備選が予定されていたが、その結果を無視し、新しい区割りを制定したうえで特別な予備選を実施する州法が5月8日(現地時間)に成立した。2023年のアラバマ州対ミリガン事件の判決に基づいて、同州は連邦第一審裁判所の承認がないと区割りを変更することができないが、5月11日(現地時間)、連邦最高裁は異例のスピードで、下級裁判所に対してルイジアナ対カレイス事件の判決を踏まえて既存の命令を見直すよう命じた。この判断についても反対意見が提出されている。
ミシシッピ州では3月に予備選が実施済みであるにもかかわらず、知事が新しい区割りを制定するために州議会を招集した。州議会は5月20日に開催される。
これまでの「区割り戦争」と今回の判決との関係はどう見ればよいのか
今回の判決は、すでに進行していた「区割り戦争」をさらに激化するものである。
トランプ大統領は2025年夏、中間選挙に向けて共和党の議席を積み増すことができるようテキサス州に区割りの見直しを促し、この動きはミズーリ州(Missouri)、ノースカロライナ州(North Carolina)、フロリダ州(Florida)など共和党が知事職と州議会を支配する他州に波及した。
これに対して民主党側は、カリフォルニア州(California)とバージニア州(Virginia)で住民投票を経た対抗措置を取った。カリフォルニア州では区割りの再編が成立したが、バージニア州では住民投票で賛成票が反対票を上回ったものの、州最高裁は5月8日(現地時間)、住民投票の手続きに瑕疵があったとして区割りの再編を無効化した。この判決は州憲法の解釈に関する判断なので、連邦最高裁が覆す可能性は極めて低い。
共和党の上積みと民主党の対抗措置の結果、全体として共和党は6議席程度積み増せたと見られている。ただ、共和党側の区割りにもリスクが内在している。テキサス州は、2024年大統領選での共和党の得票率、特にヒスパニック系有権者の支持拡大を前提に新区割りを設計した。しかし、ヒスパニック系有権者の間では、トランプ大統領の支持率が大きく低下している。そのため、共和党票を広く薄く配置する新区割りは、逆に複数の選挙区を不安定化させるリスクを抱えている。結果として、共和党が複数の選挙区で競り負ける可能性が出てきている。
今回の判決は中間選挙の見通しに影響を及ぼすのか
中間選挙は大統領への信任投票となる選挙であり、歴史的には、大統領の政党は連邦下院で平均30議席弱減らす。大統領の支持率が低いとその影響は特に著しくなり、第2期トランプ政権の支持率は低下を続けており、最近では40%まで下落している。
このような環境では、「区割り戦争」の行方にかかわらず、共和党が連邦下院で過半数を失う可能性は高い。中間選挙前の区割りの影響は多くて15議席程度になると思われ、区割りをめぐる一連の攻防は、あくまで僅差になった場合に選挙の結果を左右する要素にとどまる。
現在のトランプ大統領の支持率は秋の下院選で30議席以上減らす可能性が現実的に視野に入る水準なので、今回の中間選挙の帰趨を決めるのは、区割りではなく政治環境と考えられる。
中間選挙後の区割りの行方はどうなるのか
今回の連邦最高裁の影響は、南部にとどまらない。全国的に、人種的マイノリティ多数派選挙区は共和党が優勢である州に20程度存在すると見られており、これら選挙区がある州では、共和党に有利な方向で選挙区の再編が進むことが想定される。
これに対して、民主党は反撃に出る可能性が高い。民主党が強く人口の多いニューヨーク州などでは、まだ一定数の共和党優勢の選挙区が残っている。連邦最高裁はルーチョ対コモン・コーズ事件(Rucho v. Common Cause)の判決において、政党によるゲリマンダーは裁判所が関与できない「政治的な問題」であると判断していることから、民主党が支配する州議会と民主党の知事が承認すれば、共和党の議席を消滅させるよう恣意的に選挙区を引くことを阻止するものはない。
ただ、民主党としては、政治的に躊躇する理由があるかもしれない。同党は人種的マイノリティに支持されている政党である。共和党の議席を減らすためには、共和党支持者の票が一定数ある選挙区に、比較的安定した支持基盤である人種的マイノリティ有権者を分散する必要が出てくると思われる。その結果、黒人だけでなくヒスパニック系やアジア系の連邦下院議員が減る可能性があり、民主党としてこれは政治的に受け入れがたいと判断される可能性がある。
いずれにせよ、連邦最高裁の今回の判決は制度そのものの前提を変えるものであることから、連邦下院の勢力バランスに対する影響は、これまでの区割り戦争より遥かに大きくなると思われる。また、従来は10年に一度の国勢調査の結果を踏まえて行われていた区割りが、今後は毎年行われるようになることも考えられる。
今回の判決による日本企業への影響は
短期的に見れば、今回の連邦最高裁判決やこれまでの区割りの攻防は2026年中間選挙の結果そのものを大きく変える要因にはなりにくい。
トランプ大統領の支持率低迷は、2027年以降、大統領と連邦議会がねじれの状態となる可能性を高めており、その結果、立法や政策決定は全体として停滞しやすくなる。日本企業にとっては、政策の大きな方向転換が起こりにくくなるだけでなく、民主党との関係強化を含めた政治対応戦略が求められるだろう。
中長期的に見ると、アメリカで事業を展開している日本企業は、主力拠点がある州の政党の勢力についてこれまで以上に注視する必要があると考えられる。例えば、トヨタ、ホンダ、日産といった日本の自動車メーカーは主力生産拠点が南部に集中しているが、これら州では、黒人多数派選挙区の維持が難しくなることで民主党議席が縮小し、共和党の基盤が恒常的に強化される可能性が高まる。他方、西海岸や東北部などでは、共和党の南部での動きに反発して、民主党が連邦下院の議席を独占する可能性が高まる。
日本企業にとっては、拠点が共和党優勢州にあるか民主党優勢州にあるかにかかわらず、政策形成プロセスへのアクセスや影響力を確保するため、ロビイングや政府対応において、州ごとの支配政党との関係構築をこれまで以上に重視する必要が高まると言えるだろう。