アメリカでは、連邦国土安全保障省(United States Department of Homeland Security、通称DHS)の年度予算が成立していないため、職員への給与が支払われず、空港での保安検査の待ち時間が4時間を超える事態が生じている。3月27日(現地時間)、連邦議会は予算を成立させることができなかったため、ドナルド・トランプ大統領は大統領令により職員への給与支払いを再開する措置を講じた。ここでは、DHSが閉鎖状態にある背景を整理した上で、議会が膠着状態に陥っている理由とトランプが大統領令を通じて給与を支払うことができる理由を説明し、今後の展望や日本企業への影響を解説する。
何が起こっているのか
2026年2月14日0時1分(現地時間)、アメリカ政府の連邦国土安全保障省(United States Department of Homeland Security、通称DHS)だけが政府閉鎖に入った。背景には、連邦上院の民主党が、移民取り締まりを強化している移民・関税執行局(Immigration and Customs Enforcement、通称ICE)の活動に強く反発し、状況を改善しないままDHSの2026年度予算を成立させることに反対したことがある。
この皺寄せを受けているのが、空港での保安検査を担う運輸保安庁(Transportation Security Administration、通称TSA)である。TSA職員は給与未払いの状態で勤務を続けることを強いられており、その結果、欠勤や離職が急増している。そのため、空港での保安検査の待ち時間が最大4時間を超えるような状況に陥った。
この事態を受け、連邦上院は2026年3月27日の深夜2時(現地時間)、ICEおよび税関・国境警備局(Customs and Border Protection、通称CBP)を除くDHSの年度予算案を可決した。しかし、連邦下院はこの上院案を採用せず、27日の夜にICEとCBPを含めたつなぎ予算案を可決した。予算成立には、連邦上院と連邦下院が同じ案を可決した上で、大統領が承認する必要がある。そのため、DHSの予算が成立せず、閉鎖状態が継続することが確実となった。
こうした中、トランプ大統領は27日に大統領令を通じて、昨年成立した法律である「ワン・ビッグ・ビューティフル・ビル(One Big Beautiful Bill、通称OBBBA)」の歳出枠からTSA職員への給与支払いを行う措置に踏み切った。
DHSでは、3月5日(現地時間)にクリスティ・ノーム長官(Kristi Noem)が更迭され、24日(現地時間)に連邦上院に承認されたマークウェイン・マリン(Markwayne Mullin)が後任に就任したばかりで、DHSの組織運営に混乱が生じている。
TSA職員は閉鎖によってどのような影響を受けているのか
6万人以上いるTSAの職員は「生命・財産の保護」のために必要なエッセンシャル(essential)職員として分類されるため、政府閉鎖中でも、給与が支払われないまま勤務する義務が課されている。今回の閉鎖は2025年10月1日から43日間続いた政府閉鎖に続くものであり、TSAの職員は半年で90日間の無給勤務を強いられていることになる。
TSA職員の平均年収は4.6万ドル(約730万円)から5.5万ドル(約880万円)であり、物価が日本より遥かに高いアメリカでは、決して高い収入ではない。このため、TSA職員にとって給与停止は生活危機につながり、住宅ローンや家賃の支払い、食料の確保などに支障が出ている。現金を得るために献血を行うといった極端な対応を取る職員の例も報道されている。27日の時点で、総額10億ドル(約1600億円)ものTSA職員の給与が未払いになった。
こうした状況の中、副業や臨時労働を通じて収入を得るため、病欠の名目で現場を離れるTSA職員が5割に達した。また、約500人のTSA職員が離職したと報道されている。その結果、例えばテキサス州ヒューストン市のジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル空港では、保安検査の列が建物外にまで延び、待ち時間が4時間を超える事態となった。
連邦議会はなぜ膠着しているのか
民主党は、ICEによる取締り時のマスク着用の禁止や令状なし捜索の制限といった運用変更を求めているのに対し、共和党はこれを拒否している。
共和党は連邦上院・下院の双方で過半数を維持しているが、上院ではフィリバスター制度(filibuster)があるため、民主党の協力なしに予算案を成立させることは困難である。空港の混乱が深刻化する状況を受け、27日、連邦上院はICEおよびCBPを除いたDHSの年度予算を全会一致により可決した。上院の共和党執行部は、ICEおよびCBPの予算を予算調整法案(budget reconciliation bill)と呼ばれる手続きを通して、単純な過半数で採決することを目指していた。
だが、連邦下院の共和党はこの案を即座に拒否し、マイク・ジョンソン議長は上院案を「冗談に過ぎない」と切り捨てた。下院は上院案を採決に付さないまま、ICEとCBPを含めたDHS全体に60日間の資金を供給するつなぎ予算案を採決し、これを賛成213、反対203で可決した。下院では民主党議員3人が賛成に回ったが、上院の民主党は下院案は受け入れられないと明言している。
DHSの予算をめぐった対立は、共和党と民主党の対立から共和党内の上院と下院の対立にまで広がり、混迷を極めている。にもかかわらず、両院ともイースター休会に入ってしまい、連邦議会での審議は2週間停止する。
トランプ大統領はなぜ予算なしでTSAの給与を支払えるのか
トランプ大統領は、議会による予算成立を待たずして、TSA職員への給与支払いを再開させる大統領令を発令した。大統領令はTSAと合理的な関連性を有する予算からTSA職員の給与を支払うとしており、文面上財源は曖昧である。ただ、実際にはOBBBAが財源になることが明らかになっている。
昨年成立したOBBBAでは、移民取締りと国境警備の強化を目的として、DHS向けの予算が大幅に積み増された。具体的には、ICEに750億ドル(約12兆円)、CBPに650億ドル(約10兆円)が割り当てられた。一方、TSAには明示的な配分がなされていない。
トランプ大統領の措置は、本来想定されていない用途への転用であると批判されている。ただ、OBBBAでは、国境保護目的であれば使途上の制約が比較的少ない100億ドル(約1.6兆円)も配分されており、トランプ政権はこの予算をTSA職員の給与に充てると考えられる。予算の執行は大統領と行政の裁量に委ねられている側面が強く、仮に訴訟が提起されても今回の措置が覆される可能性は低い。
もっとも、この措置はあくまで暫定的な対応であり、根本的な解決にはならない。TSA職員以外の、大統領や閣僚の警護を担うシークレットサービス(U.S. Secret Service)や沿岸警備隊(U.S. Coast Guard)などに所属するDHS職員は無給での勤務を引き続き強いられいるし、DHSとしても職員給与以外の支出に関連する予算が必要である。
また、この措置によってトランプ政権への評価が高まるとは限らない。2月に今回の閉鎖が始まった時からOBBBAの歳出枠はあったので、なぜこれまで対応を取らなかったのかという政治的批判がある。
ICEはOBBBAで予算が与えられたのなら、年度の予算は不要ではないのか
今回上院で可決され、下院で拒否された予算案は、ICEとCBP以外の予算を確保するものであった。ICEはOBBBAによって巨額の予算が与えられていたが、これはあくまで収容施設の拡張や設備投資といった追加の支出であることから、通常の運営費などについては年度の予算が必要であることには変わらない。
今後どのような展開が想定されるのか
空港の待ち時間については、トランプ大統領による大統領令を通じた給与支払い再開により、TSA職員の欠勤や離職に歯止めがかかり、一定の改善が見込まれる。ただ、既に離職した人員や低下した士気が即座に回復するわけではなく、完全な正常化には少なくとも数週間程度を要すると思われる。
一方で、議会の動向については、短期的な打開は見込みにくい。上下両院はすでに異なる予算案を可決しており、しかもイースター休会に入っている。最終的な帰結として最も現実的なのは、厳しい世論を背景に、いずれかの側が部分的に譲歩する形でDHS全体の予算が成立するシナリオである。世論調査ではDHSの閉鎖について共和党への風当たりが強いため、共和党の方が譲らざるを得ない可能性が高い。
合意のタイミングは休会明け直後とは限らず、空港の混乱や世論の圧力がさらに強まった段階でようやく動くという展開も十分に考えられるので、DHSの閉鎖は当面続くかもしれない。
今回のDHS閉鎖は日本企業にどのような影響を及ぼすのか
日本企業にとっては、アメリカ国内の航空移動が著しく非効率になっていることが、現地での事業に直接的な影響を及ぼす。短期的には一定の改善が見込まれるものの、議会による正式な予算が成立しない限り、アメリカ国内で複数都市を移動する出張や、対面での商談・契約を前提とする業務においては、空港での長時間待機や遅延がスケジュール全体を崩すリスクが残る。このため、移動時間に十二分なバッファを設ける、重要案件はオンライン対応を併用するなど、従来よりも柔軟な対応が求められる。
さらに中長期的には、DHSの閉鎖はアメリカの統治能力そのものに関わる問題として捉える必要がある。今回の閉鎖は、昨年更新された過去最長記録の43日間を既に超えている。政府の基本機能である予算の成立すら確保できない状況は、政策対立の範囲を超えた「ガバナンスの機能不全」を示している。よって、日本企業にとっては、アメリカで事業を行う際の地政学的リスクの一部として、「政治的対立に起因する行政機能の麻痺」を織り込む必要がある段階に入っていると評価することができる。長期的には、投資判断や事業運営の前提条件の見直しを迫る要因となり得るだろう。