2026年11月の中間選挙で民主党が連邦上院の多数派を奪還するためには、ミシガン州は絶対に落とすことのできない州である。8月4日(現地時間)、そのミシガン州で行われた民主党予備選において、反主流派で民主社会主義勢力に支持されたアブドゥル・エル・サイード(Abdul El-Sayed)が勝利して、民主党の指名を獲得した。本稿では、なぜミシガン州の連邦上院選が民主党の上院多数派奪還にとって重要なのか、なぜ民主党有権者は反主流派候補を選んだのか、そしてこの結果が中間選挙全体にどのような影響を及ぼし、日本企業にどのような意味を持つのかを解説する。
なぜミシガン州の連邦上院選が重要なのか
民主党がミシガン州で敗れれば、11月の中間選挙で連邦上院の多数派を奪還する可能性は大きく低下する。
11月の中間選挙では、連邦下院の全435議席と連邦上院の35議席(補欠選挙を含む)が改選される。連邦上院は各州から2人ずつ選出される100議席で構成されており、2年ごとに約3分の1の議席が改選される。
連邦上院における現在の勢力図は、共和党53議席・民主党47議席(民主党系無所属2人を含む)である。連邦上院では、賛否が50対50に分かれた場合に副大統領が決定票を投じるため、民主党が多数派を奪還するには、現在の議席数から少なくとも4議席を積み上げなければならない。もし民主党が現在保有する議席を失えば、その分だけ共和党からさらに多くの議席を奪う必要が生じる。
ミシガン州の議席は現在民主党が保有しているが、現職が引退を表明したため、11月の本選は新人候補同士の争いとなる。
ミシガン州の連邦上院選では、1994年以来、民主党が勝利し続けている。だが、2016年および2024年の大統領選でドナルド・トランプ大統領が勝利した州であることから、民主党にとっては決して地盤が強い州ではない。
共和党は、2024年の連邦上院選で民主党候補に約2万票差まで迫ったマイク・ロジャーズ(Mike Rogers)を再び擁立した。ロジャーズは州全体の選挙を戦った経験に加え、高い知名度と資金調達力を備えており、民主党にとって強力な対抗馬である。したがって、民主党が守る必要のある議席の中でも、ミシガン州の議席は特に失う危険性が高いとみられている。
民主党予備選には誰が出馬していたのか
予備選では、民主党主流派を代表するヘイリー・スティーブンス(Haley Stevens)連邦下院議員と民主社会主義派をはじめとする党内反主流派の支持を受けたエル・サイードの事実上の一騎打ちとなった。
スティーブンスは2018年に連邦下院議員に初当選し、デトロイト郊外を地盤として4期連続で当選してきた。今回の選挙では、連邦上院民主党トップであるチャック・シューマー(Chuck Schumer)院内総務やグレッチェン・ホイットマー(Gretchen Whitmer)州知事をはじめ、多くの民主党有力政治家の支持を受けた。また、親イスラエル団体を含む外部団体が多額の資金を投じたため、スティーブンスを支援する支出は総額5000万ドル(約80億円)に達した。
エル・サイードは、デトロイト市保健局長などを務めた後、2018年のミシガン州知事選民主党予備選において約30%の票を獲得して2位となった。今回の予備選では民主社会主義を掲げるバーニー・サンダース(Bernie Sanders)連邦上院議員やアレクサンドリア・オカシオ=コルテス(Alexandria Ocasio-Cortez)連邦下院議員らの支持を受けた。エル・サイードは、当選した場合、シューマーが連邦上院民主党院内総務として続投することに反対する考えを明確にしている。
また、エル・サイードはエジプト系移民の家庭に生まれたイスラム教徒でもある。ミシガン州にはディアボーン市(Dearborn)を中心に全米最大級のアラブ系コミュニティが存在し、イスラム教徒の有権者も多い。2024年大統領選では、ガザ情勢を巡るジョウ・バイデン(Joe Biden)大統領の対応への反発から特に若い有権者が民主党支持を離れたことが、ミシガン州でカマラ・ハリス(Kamala Harris)副大統領が敗れる一因になったと分析されている。
予備選はどのような結果になったのか
得票率48.5%のエル・サイードが、得票率47.5%のスティーブンスを破って、民主党の指名候補となった。事前の世論調査ではエル・サイードが二桁差でリードしていたが、翌朝まで勝者が判明しない大接戦となった。
エル・サイードは、大学都市があるワシュテノー郡(Washtenaw County)、インガム郡(Ingham County)、カラマズー郡(Kalamazoo County)に加え、若い有権者が比較的に多いケント郡(Kent County)などでスティーブンスに大きな差をつけた。一方、スティーブンスは自らの地盤であるデトロイト都市圏で力を発揮し、州最大の都市であるデトロイト市を含むウェイン郡(Wayne County)と、その周辺のマコーム郡(Macomb County)やオークランド郡(Oakland County)で優位に立った。支持層を見ると、エル・サイードはガザ情勢への不満が強いアラブ系有権者と若い有権者から広い支持を集めた一方、スティーブンスは民主党支持基盤である黒人有権者を中心に支持を集めた。
その結果、両候補への支持がほぼ二分された。僅差であったことは、党内における主流派と反主流派の対立が根深いことを示したとも解釈できる。だが、スティーブンスは党の重鎮の支持を取り付けていた上、スティーブンスを支援するテレビ広告への支出もエル・サイード側の12倍に達していた。組織力と資金力でエル・サイードを圧倒していたにもかかわらず勝利できなかったことは、主流派の弱さの現れであるとも考えられる。
なぜ民主党有権者は反主流派候補を選んだのか
エル・サイードが勝利した背景には、2016年大統領選以降続いてきた民主党主流派と反主流派の対立がある。
その象徴が2016年大統領選である。当時のミシガン州の民主党予備選では、世論調査では劣勢とみられていたサンダース連邦上院議員が、民主党主流派のヒラリー・クリントン(Hillary Clinton)元国務長官に対して予想外の勝利を収めた。民主党は全国の予備選を通じて最終的にクリントンを大統領候補に選んだが、本選ではトランプが勝利した。その敗因の一つとなったのが、1988年以来民主党候補が勝利を続けてきたミシガン州をクリントンが落としたことであった。
ミシガン州はデトロイト市を中心に自動車産業が集積し、労働組合の影響力が全米でも特に強い州である。サンダースは労働者層を重視する経済政策を掲げることで予備選において同州で勝利を収め、トランプも関税政策を通じて製造業の保護を訴えて同州の民主党支持層の一部を切り崩した。二人の政策は大きく異なるものの、既存政治への不満を抱える有権者が多いミシガン州で支持を集めた点では共通している。
こうした主流派や既存政治に対する不満が、エル・サイードの勝利につながったと考えられる。
エル・サイードは本選で勝てるのか
民主党主流派がスティーブンスを支持した最大の理由は、本選での勝利可能性であった。スティーブンスはデトロイト郊外を地盤とし、穏健派として無党派層や郊外の有権者にも支持を広げられる候補と考えられていた。一方、民主社会主義勢力の支持を受けるエル・サイードは、共和党から「急進左派」と批判される可能性が高く、本選では中道層の支持を失うことが懸念された。
民主党の予備選では熾烈な戦いが繰り広げられたため、エル・サイードにとって最初の課題は、予備選で分裂した民主党支持層を11月の本選に向けて結束させることである。さらに、共和党候補のロジャーズは2024年連邦上院選で接戦を演じたこともあり、州全体で知名度の高い候補である。したがって、エル・サイードにとっては、無党派層にも支持を広げられるかが勝敗を左右する。
民主社会主義勢力は去年のニューヨーク市長選を契機に、今年はニューヨーク州やコロラド州の連邦下院でも勝利を収めているが、いずれも民主党の牙城である。トランプ大統領の支持率が低迷する中、民主党の安定した地盤とは言えないミシガン州でエル・サイードが敗北するようなことがあれば、民主党内で広がりつつある民主社会主義勢力の限界を示唆する結果となる。
中間選挙全体への影響は
11月の中間選挙で民主党が上院多数派を奪還するには、共和党から4議席を奪うだけでは不十分で、ミシガン州で自らの議席を守り切ることが不可欠である。そのような状況の中、予備選でエル・サイードが民主党候補に選ばれたことは民主党の連邦上院多数派奪還戦略に大きな影響を及ぼす可能性がある。
民主党は現在、共和党現職が議席を守るメイン州やノースカロライナ州で優勢であるとみられている。そこからさらに、共和党の地盤であるオハイオ州、テキサス州、アラスカ州の中から少なくとも2州で議席を奪わなければ、民主党は上院多数派を奪還できない。
ただ、この前提となるのが、民主党が保有するミシガン州の議席を守ることである。仮にミシガン州を失えば、共和党の地盤州を3つ奪う必要が生じるため、現実的な多数派奪還への道は事実上閉ざされる。
民主党支持者は、連邦上院多数派奪還がかかっている選挙で、党主流派が本選で最も勝利しやすいと考えた候補ではなく、党の路線転換を掲げる反主流派候補を選択した。この選択が裏目に出た場合、民主党が上院多数派を奪還する可能性は大きく低下し、ミシガン州での予備選は2026年中間選挙全体の行方を決めた選挙として振り返られることになり得る。
なぜミシガン州の連邦上院選は日本企業にとって重要なのか
日本企業にとって、ミシガン州の連邦上院選そのものが重要というわけではない。しかし、この選挙は、第2期トランプ政権後半のアメリカの政治環境を左右し得る選挙である。
民主党が連邦上院の多数派を奪還するには、ミシガン州を守ることが絶対条件となる。逆に、この州を失えば、多数派奪還への道は大きく狭まる。連邦下院では民主党の過半数獲得が有力になっている中、仮に民主党が連邦上院でも多数派を獲得すれば、第2期トランプ政権後半の政策運営は大きな制約を受けることになる。その意味で、ミシガン州の連邦上院選は、日本企業にとっても今後のアメリカ政治を見通す上で注目すべき選挙と言える。