4月30日(現地時間)、76日間続いていた連邦国土安全保障省(United States Department of Homeland Security、通称DHS)の閉鎖は、DHSの大部分に資金を供給する法案が成立したことで終結した。ここでは、DHS予算の大部分が成立した一方で、国境警備・移民取締りに関連する部局の予算が未成立のまま残された経緯を解説する。また、最終的には分裂状態に陥った共和党が折れる形で予算が成立した一方で、民主党としても勝利を宣言できるほどの成果は挙げられなかったことを説明し、今回の一連の動きにおける日本企業への影響を解説する。
DHSの閉鎖と部分再開はどのように進んだのか
DHSは、トランプ政権による移民取締り強化をめぐって連邦上院の民主党が予算の成立に反対したことで、2026年2月14日(現地時間)以降、閉鎖状態に追い込まれていた。しかし、4月30日に国境警備・移民取締りを担う移民・関税執行局(Immigration and Customs Enforcement、通称ICE)と税関・国境警備局(Customs and Border Protection、通称CBP)を除く予算が成立したことで、DHSの大半が再開した。
DHS閉鎖の発端は、連邦上院の民主党が、ICEによる住宅への立入り、取締り時のマスク着用、学校・病院などでの執行活動について、一定の制約を予算法案に盛り込もうとしたことにあった。これに対して、共和党はこれを移民取締りの弱体化につながるものとして拒否した。上院では共和党が過半数を維持しているが、フィリバスター制度があるため、法案審議を打ち切って採決に進むには原則として60票が必要となる。共和党の議席は53にとどまるため、民主党の協力なしに予算を成立させることができず、その結果、DHSだけが他省庁から切り離され、閉鎖状態に入った。
閉鎖の影響は特に空港運営に集中して現れた。DHS傘下の運輸保安庁(Transportation Security Administration、通称TSA)の職員は、政府閉鎖中も「不可欠な職員」として勤務継続を求められたが、給与未払いが長期化したことで欠勤や離職が増加した。その結果、空港では、保安検査の待ち時間が4時間規模にまで拡大した。
このため、トランプ大統領は3月27日(現地時間)、議会による正式な予算成立を待たずに、別の歳出枠を活用してTSA職員への給与支払いを再開させた。これにより空港機能のさらなる悪化には一定の歯止めがかかったが、これはあくまで暫定的な対応であり、DHS全体の予算が必要である状況は変わらなかった。4月22日(現地時間)、連邦国土安全保障長官マークウェイン・マリン(Markwayne Mullin)がTSA職員の給与支払いに充てていた資金が近く枯渇する見通しであることを表明したことで、連邦議会も動かざるを得なくなった。
その結果、政治的争点となっているICEとCBPの予算を切り離し、それ以外のDHS機能を先に再開させる予算が成立した。これにより、TSAの他にも、大統領警護を担っているシークレットサービス(U.S. Secret Service)、沿岸警備隊(U.S. Coast Guard)、連邦緊急事態管理庁(Federal Emergency Management Agency)などに再び資金が供給され、DHSの大半の2025年度予算がようやく成立した。
なぜ予算の成立が共和党内の分裂を示しているのか
今回の決着過程で特徴的だったのは、連邦下院における最終的な採決のあり方である。76日に及ぶ閉鎖の末に可決された法案は、記名投票(roll call vote)ではなく、発声投票(voice vote)という簡略な手続で処理された。個々の議員の賛否を記録に残さないこの方式が用いられたことは、政治的責任の所在を曖昧にしたまま事態を収束させたことを意味する。
さらに重要なのは、可決された法案の中身である。下院が最終的に通したのは、2026年3月27日(現地時間)に連邦上院が可決していた予算案と同一のものであった。つまり、下院は数週間前から同じ選択肢を持っていたにもかかわらず、それを採用してこなかったことになる。
この遅れの背景にあったのが、共和党内部の分裂と、その前提となる議席構造である。連邦下院の勢力構成は、共和党217議席、民主党212議席と極めて僅差であり、共和党は数名が離反すれば過半数を失う状況にあった。マイク・ジョンソン(Mike Johnson)下院議長は強硬派の反発を避けるため、国境警備予算を含まない上院案を本会議での採決に付さなかった。
しかし、TSA職員の給与に充てる資金が底をつくことが公になると、共和党としては何らかの予算を成立させざるを得なくなった。連邦下院議長は原則として下院での審議の進行を握っているが、ジョンソンが毅然とした態度を示しても、議長の意思を迂回して法案を採決に持ち込むディスチャージ・ペティション(discharge petition)が提案されるのは時間の問題であった。一部の穏健派の共和党議員に加えて民主党の支持を前提とすれば、ディスチャージ・ペティションが成立し、予算法案が採決のうえ可決される可能性が高く、その場合、ジョンソンの統制力は大きく損なわれていたはずである。
最終的に、ジョンソンは自ら採決に踏み切らざるを得なくなり、数週間前から成立可能であった連邦上院案が、発声投票という形で成立することとなった。
今後、DHSの残りの予算はどのように成立するのか
今回の予算成立によりDHSの大部分は再開したが、ICEおよびCBPについては予算が未だ成立していないため、予算問題は完全に解決していない。
このため、共和党はすでに「予算調整手続(budget reconciliation)」と呼ばれる手続きを用いて、トランプ政権の残り任期にあたる約3年間の資金をICEおよびCBPに提供する予算確保に向けた準備を進めている。この手続を使えば、連邦上院において通常必要とされる60票ではなく、単純過半数で予算を可決することが可能になる。上下両院で過半数を有する共和党にとっては、民主党の協力なしに国境警備・移民取締りの予算を成立させることができる現実的な手段である。
この手続が当初から使われなかったのには理由がある。予算調整手続は、歳出や歳入に直接関係する条項に限定され、政策的な規制内容を盛り込むことができないという制約がある。また、予算調整手続は、「法律に合うよう予算を調整する」という趣旨の手続きであるため、場合によっては法律自体の修正が必要となり、成立までに相応の手間と時間を要するという課題がある。
予算調整手続によって、共和党が望むICEおよびCBPの予算が成立することは確実だが、予算成立まで相当な作業が残っている。
今回の一連の動きでは、なぜ共和党も民主党も「政治的勝利」を宣言できるとは言えないのか
今回のDHS予算の成立については共和党・民主党の双方が勝利を宣言しているが、実態としては、それぞれが異なる次元で成果とコストを抱えた結果となっている。
共和党は、予算に民主党が求めていた移民取締りへの制約を一切受け入れなかった点を強調し、「譲歩なき勝利」を強調している。確かに、ICEの運用に関する変更を予算に盛り込まれることは阻止できた。だが、長期閉鎖と空港混乱というコストを経たうえで、結局可決したのは、数週間前から成立可能であった連邦上院案だった。また、下院共和党内の強硬派と穏健派の対立、さらには上下両院の戦略不一致が露呈したことは、連邦議会での共和党の統治能力に対する疑念をさらに強める結果となった。
一方の民主党は、対立の過程で政権側に一定の圧力をかけ、組織運営や現場対応に変化を生じさせた点を成果として挙げている。確かに、DHSの閉鎖中、連邦国土安全保障長官クリスティ・ノーム(Kristi Noem)が更迭され、ICEの運用には一定の変化が見られた。しかし、当初の目的であった予算条項によるICEの統制は実現しなかった。
さらに、今回の決着は民主党に中長期的な影響をもたらした。共和党はすでに予算調整手続を通じて、複数年分の国境関連予算を民主党の協力なしに成立させる準備を進めている。今年11月の連邦下院選では民主党が過半数を奪還することがほぼ確実となっているが、トランプ政権の残り任期にあたる予算が成立してしまうと、中間選挙後、国境分野における民主党の交渉力は大きく制約されることとなる。
今回のDHS閉鎖と再開が日本企業にとってどのような意味を持つのか
日本企業にとって直接的な影響であった長時間の保安検査待ちは、当面は大きく緩和される。今回成立した予算により2025年度のTSAの資金が確保されたことで、給与未払いに起因するTSA職員の欠勤や離職はなくなり、空港の保安検査体制は安定する。
中長期的な面では、政府閉鎖が発生する頻度が高まり、長期化する傾向が見られることが重要である。2025年秋の43日間の政府全体の閉鎖に続き、DHSは今回76日間閉鎖した。直近の半年で連邦政府の機能が4か月近く制約されたことは異常であるが、これは政府の基盤機能が政治対立によって繰り返し停止し得る状態に入りつつあることを示している。
日本企業としては、今回の予算成立による当面の安定を前提としつつも、同様の混乱が今後も繰り返される可能性を織り込む必要がある。特に、アメリカ政府が常に安定的に機能することを前提としたリスク評価は見直しの対象とすることが望ましい。